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雑記|読書感想文「村上春樹 雑文集」(2015年/村上春樹)


雑多な文章の中にある著者のエッセンス

村上春樹さんが小説以外の場所で書かれてきた序文やコラム、結婚式の挨拶文やインタビューなどの雑多な文章が収められている、タイトル通りの「雑文集」です。(でも決して「雑=適当、いいかげん」という意味ではない。)
70ほどの文章が載せられていますが、それぞれにつながりがあるわけではないので、たまに時間ができた時にちょっとずつ読んでいました。

村上さんは、作家になる前はジャズ喫茶のお店をしていたとのことで、ジャズ音楽のことにとてもお詳しい。そして外国での暮らしも長いため、外国作家の話、翻訳のお仕事の話が多い。
英語に堪能な村上さんの知的な文章を読むと、それだけ外国に旅行をしているかのような気分になります。

もちろん音楽や作家の話以外もたくさんあります。特に印象的だったのは、「風のことを考えよう」(P246~)という文章でした。

ルイ・ヴィトンの出している雑誌のために書いた文章です。
・・・たしか「風」というテーマで何か書いてくれという依頼だったと記憶しています。テーマをもらって何かを書くということはあまりしないんだけど、このときは何かしらふと気が向いて。

同書P426 より引用

ということで、「風」というテーマの文章なのですが、さあ「風」だ!と思って書けるもんでしょうか?
村上さんは、ギリシャの小さな島に住んでいた頃のエピソードを書いておられます。

どこに行っても、風は僕らのあとをついてきた。港のカフェでは、風はパラソルの緑をせわしなくはためかせた。人気のないヨットハーバーでは、マストがかたかたという乾いた音を立て続けていた。林の中に入れば、風は緑の葉を撫でながらあちこちを移ろっていた。・・・僕らはほとんどかたときも風の存在を忘れることができなかった。

同書P428 より引用

ギリシャの強い日差し、海のきらめき、白い建物と豊かな自然が、目の前に広がるかのよう。そして読者も一緒にその「風」を感じることができる。

・・・そこは、風がひとつのたましいのようなものを持つ場所だったのかもしれない。ほんとうに、風のほかにはほとんど何もないような、静かな小さな島だったから。それとも、そこにいるあいだ、僕はたまたま風のことを深く考える時期に入っていたのかもしれない。
風について考えるというのは、誰にでもできるわけではないし、いつでもどこでもできるわけではない。人がほんとうに風について考えられるのは、人生の中のほんの一時期のことなのだ。そういう気がする。

同書P428 ~429より引用
※「ほんとうに」は文書中では協調の傍点

たしかに「風」についてなんて、ちゃんと考えたことはない。
強いて言うならば私は風が嫌いです。せっかくセットした前髪を一瞬にしてぐちゃぐちゃにするし、なんか色々な汚いものを全身に浴びているような気がするから。
でも、このギリシャの風はたぶんそういう風じゃない。
風が吹いていた、というよりは「存在していた」のだと思う。きっと。

この「風のことを考えよう」という章は、文庫本の3ページとちょっとしかない。でもこの短い文章を読んでいる間、私はギリシャに行ったし、そこで動き回る風を感じることができた。

全部読まなくても良いのかもしれない。気になるところを、気になる順番に読むのも良い。
そんな小さな素敵な文章たちが、たくさん詰まっている本です。


読書の始まりは、村上春樹さんのエッセイでした

私が母の影響で読書するようになったのは、10歳くらいから。
当時母が読んでいた村上春樹さんのエッセイが、読書体験の始まりでした。
今思えば10歳で何がわかっていたんだろう?という気もしますが、割と日常的な内容ばかりなので、結構すらすらと楽しく読めたのだと思います。

実家の本棚
青い背表紙が村上春樹のエッセイです

その中でも「村上ラヂオ」というエッセイは、「雑文集」よりももっともっと身近な、そして時に取るに足らないようなことまで、知的におもしろくつづられています。

今でも思い出すのは、「コロッケとの蜜月」と「きんぴらミュージック」という章です。
この文庫には大橋歩さんの挿絵があるのですが、これがなんとも素朴な絵でして。たぶん読んでいた時にお腹が空いていたのでしょう、文庫本の中の小さな正方形の中に描かれたたくさんのコロッケがとても美味しそうで、記憶しているのだと思います。

昔「コロッケ」という名前の、コロッケ色をした大きな雄猫を飼っていた。

「村上ラヂオ」(新潮文庫)P114より

これだけでもう続きが読みたい。そんな猫のはなし、そしてコロッケに関するあるエピソード。

「きんぴらミュージック」の方は、タイトル通り、"きんぴら”を作るときに最適な音楽がある、そして音楽にはシチュエーションが大事だというはなし。当時は共感というよりは、いつか自分も料理を作るときには音楽を聴いてみようかな、なんて思っていました。
たしかに音楽にはシチュエーションが大事です。というより、この時間にはこの音楽が合うなと思う瞬間が確かにあります
たとえば、私は掃除をするときはTWICEの「Queen of Hearts」という曲を聴きます。いつも低空飛行している自分のテンションがぐんと上がるし、これでクイックルワイパーをしていると、なんだか元気になる。
音楽って大事なんだよなあ。

というわけで、読書体験の始まりでもある村上春樹さんのエッセイでした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ではまた。



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