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自分の気持ちに「これから」に遠慮しない【それ、勝手な決めつけかもよ?/阿部広太郎】

私は身長168cmで女性の中では高身長。初めて会った人から必ず聞かれることは「身長高いね!スポーツ何やってたの!?」。それに対する私のお決まりの返答は「バスケとテニスをそれぞれ少々かじりました」。

きっと質問してくれている方の期待に沿っているのは「バスケ」なのだと思う。でも心の中では「バスケとかテニスより、高校時代の合唱が一番熱中してたんだけどな……」といつもちょっとしょんぼり。

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加えて「体力ありそう!」とか「スポーツ得意そうだね!」とか言われようもんなら、その場から逃げたくなる。だって私はよく立ちくらみを起こすし、ラケット競技は大の苦手。(なぜテニスをやっていた?)

なぜそんなことを思い出したかというと、今回読んだ本に似たようなことが書かれていたから。

著者の阿部広太郎さんは高校・大学とアメフト部に所属していたことで、ガッチリとした体つきだったそう。

見るからにデカかった…そんな風貌でOB訪問に行くもんだから、当然ながら社員の方たちとも「君は体力ありそうだねえ!」なんて会話からスタートする。つづけざまに「ガッツリ営業で働けそうだね」と言われて僕も「はい!」と元気よく答えていた。

わかる。とってもわかる。見た目から判断されて言われたことで、だんだんと自分も「そうなのかな?」と思ってしまうことはよくあった。でも、そう決めつけていたのも自分なんだ。

名前紹介から考えた「彩」という字

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阿部さんがご自身で講義を担当されている「言葉の企画」では「名前紹介」という課題があるそうだ。

自分の名前について、名付け親にその由来を聞いてみる。そして自分自身で調べてみる。自分の名前に込められた思いを知り、解釈する。

これはおもしろいと思って私もやってみた。我が家の兄弟はみんな地元の静岡浅間神社で名前の候補をいただき、その中から親が選ぶという手法で名前が決められている。

というわけで名付け親としては一応親になるのだろうけれど、それよりも自分で漢字の由来を調べてみたいと思った。

私の名前には「彩」という字がある。意味は「いろどり」「いろどる」「つや・輝き」「美しい」などがあるよう。中でも「いろどり」には、“面白みやいい雰囲気、華やかさをつけ加える”とあった。

多くの色の中から、人が意識的に選んで取り上げることを意味し、そこから「彩」という漢字ができた

元々「彩」という字は好きではあったけれど、意味を知ってより好きになった。お笑い好きだったり、集団の中心よりも調整するような立ち位置にいる自分を肯定することができてうれしくなった。

自分らしさを追求して発信していかなくちゃ、と少しもがいていた部分があったけれど、その胸のつっかえが取れた気がした。「この自分でよかったんだ」と。

ちなみにお笑いは、中川家が大好きです。


違和感を自分なりの言葉で解釈する

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世の中に感じるあなただけの違和感に名前をつけてください。
「隠れプラ」
レジ袋は有料になったのに対して、お魚やお肉を入れるビニール袋はなぜだかいまだに取り放題であることに、もやっとする。

この課題はあらゆる情報に流されていくのではなく、自分なりの解釈をすることでただの受け身から脱して心の環境を整えていこうという狙いがあるそう。

「隠れプラ」、確かにその通りだなあ。袋は有料だけれど、いまだに丁寧に個包装されているスプーンやお手拭きなんかもつけてくれる。人間には親切だけれど、環境には親切じゃない。

私も考えてみた。私が感じる世の中の違和感は、テレビなどで一度人気になったら同じ人だけがやたらとメディアに出まくること。この違和感を「人気者にもお休みを」と名付けたいと思います。


自己分析ではなく、自己選択

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就活の時に周りの友人たちはみんな「自己分析!自己分析!」と忙しそうだった。私は教員採用試験を受けていたため、一般企業の就活的なものはいまだによくわからない。

本書では「自己選択」と考えて今までの人生を振り返ってみるとよいと書かれていた。私も自分の選択を振り返ってみると、大学進学や就職、退職などいろいろな大きい選択があった。

大学進学では希望した大学に受からなくて大泣きしたが、結局受かったところに進学した。第一志望に通うことよりも、東京で生活してみたいという気持ちが勝ったのだと今になって思う。

でもその後教員を辞めたことも、新しい世界を見てみたいという気持ちがあったからだ。(体力的に厳しかったという理由もあるけれど)

そう考えてみると新しい世界に早く飛び込んでみたいという思いからの行動に気づいて、ブレブレだと決めつけていた自分の軸にも一貫性があったのかもしれないと思った。

どんな選択にも決断をした時には少々の後悔があった。でも長い目で見てみると、意外と自分なりに折り合いをつけてきた。あ、なんか自分も結構いい感じでここまで生きてきたんだな、とほっこりした。嬉しい。

beingとdoing

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being—「どうありたいか?」を考える(心の内側)
doing—「何をしたいか?」を考える(心の外側)

未来が「今」であると解釈することで未来がたぐり寄せられると思っている、と阿部さんは本書で書いている。さらに未来を解釈する上で、beingとdoingの2つを考えるとよいとされていた。

私のbeingは「いつも笑顔で軽やかにいること」で、doingは「海辺の家で好きな仕事をしながら旦那さんと楽しく暮らす」がパッと思い浮かんだ。

先日ふとこのdoingについて旦那さんにポロッと打ち明けてみた。すると「いいねえ!早いうちに実現したいね!」と意外にも旦那さんはノリノリだった。(笑)

自分の頭の中にぼんやりと理想を描いているのも楽しいけれど、言葉にしてさらに誰かに伝えてみるってだけで未来がグッと近づいてきたように感じた。そうか、これが未来をたぐり寄せているってことなのかも。

*  *  *

阿部さんのお話はSHElikesのイベントで聞いたことがあった。そこでのお話もとてもおもしろかったのだけれど、この本を読んで阿部さんご自身の考え方をたっぷり知ることができてうれしかった。

私もこれから「解釈」を細かく意識して、自分にも周りにも優しく生きていきたい。

ぜひ読んでみてください。


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