暗い記憶を受け入れて進む勇気【みんな知ってる、みんな知らない/チョン・ミジン】
読み終わってからも、なんと表現したら良いのかわからない……。
私にとっては感想を言葉にするのが難しい一冊でした。
今回私が読んだのは、チョン・ミジン著「みんな知ってる、みんな知らない」。
韓国の作家さんが書かれた物語です。
ストーリーの中心は4人の登場人物と2つの軟禁事件。
チョン・ヨヌという女性と少年。
ユシンという女性とその父親。
どちらも20年という時間が経ち、事件の記憶が彼女たちに蘇る。
チョン・ヨヌという女性と少年
物語の始まりは、ヨヌの軟禁中の記憶から始まる。
ヨヌは9歳の時、少年によって貯水槽の中に軟禁させられていたのだが、そこから脱出して保護される姿が大々的に報道される。
なぜなら軟禁されていた49日間、ヨヌの様子を少年はメディアに送っていたからだ。
報道を見ていた人たちはその悲惨さを知っていたため、事件についての関心が高かった。
ところが、保護されたヨヌは軟禁時の記憶を失っていた。
あまりにショックを受けすぎて脳が記憶を消したのだろう。
しかし世間はヨヌの軟禁について、ヨヌよりも知っている。
自分だけが知らないという恐怖は、他のいかなる感情よりも恐ろしかった。恐怖が膨らむにつれ、絶望も膨らんだ。私は知らないのに、私以外の「みんなが知っている私の話」。それは頭の中の神経を一本一本、ガリガリと爪で引っかかれるような苦しみだった。
マスコミも警察もヨヌを問いただし犯人逮捕に躍起になるが、肝心のヨヌは何も覚えていない。
報道はヒートアップし「本当は親が犯人じゃないか?」など、あらぬ噂まで立てられる始末。
世間に疲れたヨヌの家族はアメリカへ移住し平穏に暮らしていく。
そして両親の死をきっかけに、20年が経ってヨヌが韓国への帰国を決意する。
ヨヌは自分のことをみんなが気づいたらどうしようと心配になるが、月日が経ったことで誰も全くヨヌに関心を示さなかった。
ヨヌたちが海外に行かねばならないほど世間は追い詰め、騒ぎ立てたのに。
ところがヨヌはあの少年と再会する。
少年はヨヌのことをずっと追い続けていたのだ。
20年後もまた少年はヨヌを軟禁しようとする。
この少年のヨヌに対する気持ちは一体どんなものだったのだろう。
少年は心の声が出てこなくて、全部行動の描写と発する言葉だけで展開していくため、本当の気持ちが読み取るのが難しい。
少年の行動は異常なものが多かった。
優しく接した猫をその後すぐに蹴り飛ばしたことや、育ててくれた祖父の両目の視力を徐々になくすために、毒薬を飲ませ続けたことなど。
ヨヌの軟禁もそれに近いものだったのか。
愛するものを愛そうとするが、壊そうともする。
ただ、愛するものをいたぶることが好きなのかもしれない。
ユシンという女性とその父親
こちらの話はユシンが20年後に精神科医に話をするという流れで進んでいく。
ユシンもヨヌ同様、9歳の時の記憶をなくしていた。
ユシンは9歳の時、父親によって森の中に置き去りにされる。
父親の事業が失敗して、借金取りの連中に追われた身だったからだ。
そして追われている最中にユシンの母親は死んでしまう。
父親はユシンの身を守りたいと思い、すぐに迎えに行くつもりで一時的にユシンを森の中に一人で避難させた。
ところが父親は借金取りに捕まってしまい森に行くことが叶わず、そのうちユシンは保護されて父親と会わないまま保護施設に入ることになる。
その後解放されて施設にいるユシンを見つけた父親は、元のユシンとは違った虚ろな姿に落胆する。
「自分がユシンを壊してしまった」
そう感じた父親はアメリカに渡って事業を成功させたのち、韓国に戻りユシンと再会する。
ユシンは精神科医と話す中で、置き去りの時の記録が蘇ってくる。
ユシンは再会した父親に当時のことを責めるが、父親は当時のことを手紙に書いて、ユシンに真実を伝えた。
ヨヌとユシン
二人に共通していることは、9歳の時にとてつもないショックな出来事にあって記憶を失ったこと。
しかし20年経って記憶が蘇っても、そのことに負けじと生きていこうと決意すること。
どちらのストーリーも描写が鮮明に書かれていて、特にヨヌが軟禁された貯水槽の様子は読んでいて本当に怖かった。
エピローグ以外はほぼ暗くて悲しいことだけだ。
でもその分エピローグの、当時の記憶を受け入れて強く歩んでいこうとする二人の勇気が際立っていた。
* * *
私はここまでの悲惨な出来事を経験したことはないし、ショックによって記憶を失ったこともない(と思う)。
でも似たようなことは日本にだってあるはずだ。
日本は被害者へのプライバシー意識が低いと聞いたことがある。
本作を読むと韓国も日本と近いものがあるもかもしれない。
たしかに事件の当事者として辛い思いをしている被害者の過去や、家族友人との関係など、本来は他人が知らなくていいものだ。
ヨヌとユシンと同じような人たちのプライバシーが守られ、心のケアをして当たり前の生活が送れる世の中であってほしい。