DXとBPRへの分類で読み解く🔍AI活用事例
セミナーなどで見聞きしたAI活用事例について、構造的に理解したいなと思い、この記事を書いてみました。大きくは、DX(デジタルトランスフォーメーション)とBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)の2つに分類しつつ、いくつかの事例を読み解きたいと思います。
1. DXとBPRへの分類
具体的にAI活用事例を見ていく前に、まずDXとBPRの概念について簡単にご説明します。
DXとは、デジタル技術を活用して新たな顧客価値を創出し、ビジネスモデル自体を変革していく取り組みです。顧客接点の強化や、新しいサービス・製品の開発など、"攻め"の変革と言えます。たとえば、AIを活用したカスタマーサポートや、パーソナライズされた商品レコメンデーションといった取り組みがこれにあたります。
一方、BPRは既存の業務プロセスを根本から見直し、効率化・最適化を図る取り組みです。社内の業務改善や生産性向上など、どちらかというと"守り"の変革と位置付けられます。たとえば、これまで人手で行っていた作業をAIで自動化したり、データをAIで分析して精度向上につなげたりする取り組みです。
ここで一点ご留意いただきたいのですが、DXとBPRはMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive/漏れなくダブりなく)に切り分けられる概念ではありません。たとえば、カスタマーサポート業務へのAI導入に伴ってエスカレーションプロセスを再構築するケースや、営業提案資料の作成にAIを導入する際に提案プロセス自体も刷新するケースなど、両者の要素を併せ持つケースも少なくありません。
とはいえ、AIの活用事例を体系的に理解するためのフレームワークとして、この2つの視点は有効だと考えます。DXの視点からは、既存サービスの革新、新規サービス・事業創出といった"攻め"の取り組みを、BPRの視点からは、定型業務の自動化・効率化、意思決定支援・ナレッジ活用といった"守り"の取り組みを整理することができます。以降では、この2つの視点に基づいて具体的な活用事例を見ていきたいと思います。
2. DXの取り組みにおけるAI活用
ここでは「既存サービスの革新」と「新規サービス・事業創出」の2つのタイプに分けて事例を見ていきます。
2-1. 既存サービスの革新
カスタマーサポートのAI化【JALの事例】
カスタマーサポートにおけるAI活用はさまざまな領域で進んでいます。特に JALは比較的早い段階から取り組みを進め、AIチャットボットの活用により、顧客一人ひとりの状況に応じた最適な情報提供を実現しました。コロナ禍における入国要件の日々の変化など、従来のFAQでは対応できなかった状況下での柔軟な情報提供を可能にし、カスタマーサポートの在り方そのものを変革しています。最近では「Dataiku」の導入による顧客データ分析基盤の強化や多言語対応のAIアシスタントロボット「temi」の実証実験など、さらに進化した取り組みも始まっており、顧客体験の向上に向けた挑戦を続けています。
AIによるユーザビリティの強化【メルカリの事例】
既存のプラットフォームビジネスに、AIによる商品分析と改善提案という新しい価値を付加した事例です。単なるマッチングの場から、AIが一人ひとりの行動を支援するプラットフォームへと進化させることで、新たな顧客体験を創出しています。
さらに先月からは、商品写真とカテゴリー選択だけで出品情報を自動生成する「AI出品サポート」の提供も開始。最短3タップでの出品を実現し、誰もが手軽に利用できるサービスへと進化を続けています。このような「既存サービスにAIによる新しい価値を付加する」アプローチは、LINEヤフーが飲食店検索結果にAIによるクチコミ要約を提供開始するなど広がりを見せています。
2-2. 新規サービス・事業創出
対話型マッチングサービス【dipの事例】
従来の「大量の求人情報から検索する・選ぶ」という一方通行のマッチングを、AIとの対話を通じて求職者の潜在的なニーズや将来の夢、特技、性格まで理解し、最適な提案を行う双方向のプロセスへと変革しています。このアプローチは、人材市場に限らず「相手を深く理解した上でのマッチング」が求められるさまざまな領域で応用が考えられます。なお、社内外でのAI活用を積極的に推進するdipでは、従業員のAI利用率が96%に達するなど、包括的な取り組みを展開しています。同じ人材市場では、ビズリーチもGPTモデルを活用したレジュメ作成支援や求人作成の自動化を導入し、求職者・採用企業双方の体験を向上させるなど、AI活用による変革が進んでいます。
教育サービスの再定義【ベネッセの事例】
生成AIを教育現場で活用する際の本質的な課題(思考力低下への懸念など)に取り組み、「答えを教える」のではなく「子ども自身の思考を促す」という新しいアプローチを実現した事例です。利用時に保護者による承認を必要とし、最初に情報リテラシーを学ぶステップを設けるなど、教育向けの安全設計を組み込むことで、AIの特性を活かしながらリスクに適切に対応するモデルを確立しています。さらに2024年3月からは「チャレンジAI学習コーチ」を開始。進研ゼミ55年の指導ノウハウとAIを組み合わせることで、「わからないことがわからない」という子どもたちの悩みに寄り添い、対話を通じて自ら答えにたどり着けるよう支援しています。
これらのDX事例から見えてくるのは、各社がAIを「単なる技術導入」ではなく、自社の強みや独自性と組み合わせることで、新たな顧客価値の創出に成功している点です。顧客接点の変革から、教育の在り方の見直しまで、AIを梃子にした事業変革が着実に広がっているように感じます。
3. BPRの取り組みにおけるAI活用
ここでは「定型業務の自動化・効率化」と「意思決定支援・ナレッジ活用」の2つのタイプに分けて事例を見ていきます。
3-1. 定型業務の自動化・効率化
全社横断的な業務改革【GMOの事例】
GMOでは社員の86.8%が生成AIを活用し、一人あたり月平均27.2時間の業務時間を削減しています。コーディング、会議議事録の自動生成・要約、市場分析など、さまざまな業務でAIを活用しています。この成功の背景には、プロンプトの共有やAIリテラシー向上施策など、「全員が使いこなせる」仕組みづくりがあります。これらの取り組みは、業務プロセスの抜本的な見直しと効率化を目指すBPRの好例と言えるでしょう。また、多くの企業が直面する「AIの全社的な定着」という課題に対する実践的な解決モデルも提示しています。
開発プロセスの刷新【NTTデータの事例】
NTTデータでは、ソフトウェア開発にAIを活用し、大きな成果を上げています。海外大手銀行の画面マイグレーションでは67%の生産性向上を達成し、航空券予約システムのJavaバージョンアップでは作業時間を55%削減しました。AIを活用した開発プロセス改革は、要件からの設計図の自動生成やプロジェクト管理の効率化など、上流工程にも広がりを見せています。こうした生産性向上の実績は、従来の「人月型」から「成果報酬型」へのビジネスモデル転換の可能性も示唆しており、AIによる業務プロセス改革が、IT業界の長年の商習慣さえも変える可能性を秘めていることは注目に値します。
3-2. 意思決定支援・ナレッジ活用
技術ナレッジの体系化【パナソニックコネクトの事例】
パナソニックコネクトでは、「自社特化AI」の開発により品質管理における改革を実現しています。社外秘である品質管理情報(630件、11,743ページ)を学習させたAIが、製品設計時における品質管理の判断をサポートし、経験者のノウハウに依存していた判断プロセスをデータドリブンな意思決定へと転換。特に回答の引用元を表示する機能を実装することで、AIの判断根拠を確認できる仕組みを整備しました。こうした業務プロセスの改革は、人手不足への対応と品質管理の効率化という二つの課題解決に貢献しています。
デザインプロセスの改革【伊藤園の事例】
伊藤園では、株式会社プラグと共同で開発した商品デザイン用画像生成AIを「お~いお茶 カテキン緑茶」のリニューアルに活用し、パッケージデザインのプロセスを改革しています。具体的には、AIによるデザイン生成、方向性の議論、デザイナーによる作成、AIによる消費者評価の予測、デザインのブラッシュアップという新しいプロセスを確立。この結果、短時間で多様なデザインの生成が可能になり、関係者間の合意形成もスムーズになったことで、デザイン開発期間を大幅に短縮することに成功しています。従来は感覚的になりがちだったデザイン評価をデータドリブンなアプローチへと転換した好例と言えます。
これらの事例から、AI活用が単なる業務効率化を超えて、判断プロセスやナレッジ活用の質的改革にまで及んでいることがわかります。これらはBPRの文脈で紹介しましたが、冒頭で述べたように、新たな顧客価値の創出というDXの要素も併せ持っています。AIによる業務改革は、もはや"守り"の取り組みとは言えないのかもしれません。(冒頭でお伝えした前提を自ら否定することになりますが、それだけAI活用の可能性は無限大ということですね・・・!)
4. "AI活用"はあくまで手段
最後に、ここで強調しておきたいのは、AI活用はあくまで手段であり、目的ではないということです。AIありきではなく、「顧客に提供したい価値は何か」「改善すべき業務課題は何か」という明確な目的意識が大切だと考えます。
一方で、私自身この記事を書くにあたり、改めてさまざまな事例を調べ整理する中で、AI活用のアイデアを考えるためには、日頃からこうした事例に触れ、理解を深めておくことの重要性も実感しました。価値創出/課題解決の手段としてのAIの可能性を探るため、これからも事例のインプットを続けたいと思います。
ご覧いただき、ありがとうございました。