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ネコと暮らす

午前3時頃、気持ちよく眠っている私の顔面をネコが通過する。
肉球は少し冷たくて気持ち良いがちょっと重たい。通過したかと思えば、私の髪の毛を丁寧に毛繕いする。そして、やけにざらついた舌で私の頬を舐め続ける。
そんな風にして毎朝起こされるものだから、寝不足で仕事中に強烈な睡魔が私を襲う。

2ヶ月前、ネコが家族になった。
雨が降る森の中で保護された、生後約1ヶ月の赤ちゃんネコだ。
母ネコとはぐれてしまったのか、1匹でみゃーみゃーと鳴いていたそうだ。誕生してまだ1ヶ月余りの小さな身体で、精一杯の鳴き声を出して助けを求めていたのだろう。怖かっただろうし、寒かっただろうし、不安だったに違いない。想像したら涙がポロっと出てきた。
ネコの保護活動を行っている知り合いからこの話を聞いて、私の家族全員がネコの命を守りたい、そう思った。そして、その1週間後にネコは我が家へとやってくることになった。突然の決断に大慌てで必要な物を用意し、人生初のネコとの暮らしを心待ちにした。

引き渡しの日。
緊張しながら待っていると、ゲージに入ったネコが家に到着した。娘たちは、すぐさまゲージの扉を開けて、ネコが自分から出てくるのを見守った。
ちょっと怯えているのか、なかなか出てこない。身を乗り出して見てくる人間の姿は威圧感があるのかなぁ。近くで見たい気持ちをグッと堪えて少し離れる。すると、恐る恐るではあるが一歩ずつ、ネコはゲージの外へと歩き出した。
手のひら位の大きさで、目がまん丸で大きくてしっぽがブタさんのように小さくクルッとしている赤ちゃんネコ。みゃー!と言いながらこっちを見る。撫でるとまたみゃー!と言う。なんだこりゃ、可愛すぎて胸がギュってなる。歩いても可愛い、あくびも可愛い、何をしたって可愛い。
完全にノックアウトされた私はその日、夕食が喉を通らなかった。

ネコが来て2週間。
窓の隙間からからベランダに出たネコが室外機の下へ潜って出てこなかったり、突然嘔吐したりと、初めてのネコとの暮らしは心配や不安だらけで常に緊張感でいっぱいだ。
それはなんだか、子供を出産して、突然新生児との暮らしが始まったときとよく似ている。あのときも不安だらけで怖くてよく泣いたっけ。
夜中に起こされるのも産後の生活と何だか似ている。ネコが来てからというもの、夜はまとめて眠れた記憶がないし、逆に休日は疲れきって隙あらば寝て過ごしている。毎週欠かさず続けてきたランニングもできていない。しかし、少しずつこの生活にも慣れるだろう。ネコもきっと成長と共に手がかからなくなるはずだから、もう少しゆとりを持ってネコと暮らさなきゃな。
この日は久しぶりにランニングをしようと決意し、私は大きく伸びをした。体が少し固くなったような気がするので、いつもより念入りにストレッチをして家を飛び出した。
走り出すとまるで嘘のようにネコが来る前と同じ時間が流れる。走ることは私を日常から非日常へと連れて行ってくれる。仕事のことはもちろん、家の中の溜まっている洗濯物や水回りの汚れも忘れさせてくれる。そんな意味もあって私は走ることが好きになり、1年以上走り続けることができているのだ。
走ることで1人だけの時間をゆっくりと過ごし、ネコが来る前の生活を少し取り戻すことができた。
しかし、せっかくリフレッシュしたというのに余韻に浸ることはなく、私は走り終えてすぐにネコのことを考えていた。どうらやネコは私の心の中に忍び込むのが得意なようだ。汗を拭きながら思わず笑ってしまった。

そして現在、ネコが来て早2ヶ月。
「学校で使うノートや提出物のプリントが噛みちぎられてボロボロになっているのも、お気に入りの黒いTシャツがネコの毛だらけなのも、家族に猫がいるって感じがして嬉しい!」娘はネコを抱きしめながらそう言った。
考えてみるとネコと暮らし始めたときの神経質さが私たち家族から無くなってきていることに気がついた。いつの間にか、ネコと暮らすまで経験しなかったちょっと厄介なことでさえ、こうやって愛おしく思えているのだ。

ネコは今、すっかり家族の一員として生活している。

夜は一緒に眠るようになった。私がまぁるくなって小さく寝ているのに、ネコはベッドの真ん中で大の字になりお腹を見せて寝ている。ダイニングチェアに座るとネコは自分の場所だと言わんばかりに噛み付いてくるから、私はバランスボールに座って夕飯を食べている。休日に私がランニングへ向かうとネコは窓から外を眺める。そして、走り出す私を確認しているのか、なんとなく目が合ったような気がするので一応手を振ってみる。そんな、今まででは考えられなかった生活が、特別なことではなく、段々と当たり前の生活へと変わっていった。

私の日常にネコが溶け込み、ネコの日常に私が溶け込んでいく。

ネコのいる生活、悪くない。 

お日様に当たって気持ちよさそうに眠っているネコを眺めながら、私も少しだけ昼寝をする。今夜もまた、私の顔面を肉球が通過するはずだから。
午前3時だというのに、ネコは何食わぬ顔で。

この記事は「遅いインターネット計画」などを手掛ける宇野常寛さんの読者コミュニティ「PLANETS CLUB」で行われているPLANETS School「推敲の方法 」を受講後に元の記事を編集し再投稿しました。
「PLANETS CLUB」詳細はこちら↓
https://community.camp-fire.jp/projects/view/65828

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