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さくらももこ先生はわたしの憧れだ

好きな作家は?と聞かれると「さくらももこです」と答えるような小学生だった。

別に、特段ちびまる子ちゃんが好きだったわけではない。日曜日の夕方はもちろんまるちゃんは見ていたけれど、それは好きで見ていたというよりは、なんか日曜日のお決まりで見ていたという感じ。漫画も特に読んだことはない。

わたしは、さくらももこ先生が書くエッセイが大好きだった。

5年前にお亡くなりになられて一番ショックだったのは、もう彼女の書く新しい文章が読めないことだった。過去作品なら何度だって読み返せるけれど、もうこれ以上、新しいエッセイが出版されることがないのかのと思うと、それはそれはショックだった。

少ないお小遣いを握りしめて古本屋さんに行き、お手頃な値段になっていた初期のエッセイ3部作、『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』を手に入れ、何周も何周も読んだ。当時手に入れられる範囲だったエッセイは、たいてい読んだ。大人になってからも、ふと思い出したように実家の本棚からさくらももこ先生のエッセイを手に取って、懐かしむように読んだ。小学生の頃に読んでいまいちピンとこなかった、彼女が妊娠中に書いたエッセイ『そういうふうにできている』を、わたしも娘ちゃんがお腹にいるときに読んで、めちゃくちゃ共感した。わたしも大人になったな、と思った。

そんな、さくらももこ先生が大好きなわたしだったけれど、社会人になってからは読書もエッセイや小説よりもビジネス書や自己啓発本を読むことの方が多くなって、ちょっとだけ離れていた時期もあった。

先日、図書館に行った時に、ふと通りがかった「さくらももこコーナー」の前で足が止まった。なんとなく書棚に目をやると、まだ読んだことのないエッセイがあることに気づいた。

それは、『ももこのまんねん日記2012』だった。

可愛らしい挿絵と、ほっこりとした600字程度の日記が、100ページ分ほど綴られている絵日記。30分もあれば読み終えることが出来るくらいのライトな本だけれど、この世界観が大好きすぎて、一気にさくらももこフリークのかつてのわたしに引き戻された感じがした。

そして、こうも思った。わたしが今こうして毎日文章を書いているのは「わたしもさくらももこ先生みたいになりたい」と思っているからなんだろう、と。
だから、エッセイのような日記のようなものを書き続けているし、それを本という形で出版したいという夢も持ち続けている。

小さい頃から読み続けている憧れの先生のように、わたしもなんでもない日常を独自の視点で切り取り、誰かの生活にちょっとだけ良いスパイスを与えられるような存在になりたい。きっと、これがわたしの今の原動力なんだろうな。

わたしも、頑張ってみようと思う。


そんなわけで、今日もおつかれさまでした。



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