息子が運動会で教えてくれたこと
忘れられない運動会がある。
いくつ歳を取っても、毎年この季節になったら思い出すのだと思う。
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去年、当時6歳だった長男にとっての幼稚園最後の運動会だ。
長男は、鈍臭いところがあり運動は苦手、人見知りで、休み時間の定位置は砂場。慎重で、少し自信なさげな子だった。
彼にとって運動会は、憂うつな行事であり、親の私にとっては、応援しつつも些細な成長を微笑ましく見守る行事だった。
でも去年は、いつもとは違う事情があった。
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私の持病であるメニエールが悪化した年だった。夏頃には2ヶ月ほど、凄まじい目眩にベッドで身動き取れない状態が続き、医者には入院を勧められるほどだった。
すぐにでも入院したかったけど、我が家の6歳と2歳(当時)の兄弟は、甘えたい盛り。
我が家は、長らく私が家庭に入りワンオペ育児でやってきた。病気をしても両祖父母も遠方で日常的に頼る先も無く、動けなくてもせめて「おかえり」「おやすみ」を言ってやりたいと、病院に通いながら自宅療養していた。
大概の日中は、起き上がるのもままならない状態だったので幼稚園の送り迎えも、遠足も、家事も、何も出来ない。
毎日のお弁当は、主人が作ってくれていた。
只でさえ多忙な設計事務所勤めなのに、洗濯、掃除、たまに夕食まで。毎日謝ってた。
何よりママっ子で繊細な長男の事が、心配でたまらなかった。
毎日、ベッドの中から謝るばかり。
お迎え行けなくてごめんね。
ご飯作れなくてごめんね。
近くで見てやれなくてごめんね。
元気なママじゃなくてごめんね。
寂しそうな顔を見るたび、情けなくて、申し訳なくて、自分を責めてばかりいた。
そんな鬱々とした日々を過ごし、徐々に日中に外出も出来るようになり、長男の運動会は観に行けるのではないかという所まで回復。
「運動会には、ママ復帰するからね。観に行くから頑張ってね」
そういうと、息子は嬉しそうにはにかんでいた。
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運動会前日。
幼稚園から帰ってきた息子がいつものように「ただいま」を言いに私のベッドまでやってきた。
「おかえり」
「ただいま。明日は運動会来られる?」
「行くよ、目眩でても這ってでもいくからね」
「じゃぁ僕は、明日のかけっこでママのために1位になる。だから絶対観に来てね」
息子は、それまで一度もかけっこで1位になった事がない。
練習ですらいつもビリから数える方が早いような息子なので、私は順位なんて気にしたことがなかった。 一生懸命やったらそれでいい。
だから、その気持ちだけ受け取った。
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運動会当日。
ヨロヨロと夫の肩につかまりながら久しぶりの幼稚園に到着。事情を知る友人や先生が声をかけてくれる。
さて。いよいよ、年長かけっこ。 位置について、ヨーイドン!
息子はと言うと... もの凄く早かった。
ダントツで早かった。
2位の子を数メートル突き放して、圧倒的な1位だった。
かっこいい。初めてみる姿だった。
まさか、本当に1位とるなんて。
息子は、私が何もしてあげられなかった間に、こんなに成長していたんだと思うと涙が止まらなかった。
いや、「何もしてあげられなかったのに」ではなく、「何もしてあげられなかったから」こそ、弱くて情けないママを見せたからこそ、息子は、きっと自分の殻を一つ破れたのだろう。
それまでの私は、自分の子育てにこだわりが強く完璧主義に近かったけど、何も出来なくてもいい とようやく思えるようになった。
むしろ完璧じゃない方が、子どもが成長する隙ができる。
その日から息子は、変わった。
相変わらず大人しいけど、根底には静かな自信を覗かせるようになった。
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