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2022年に読んでおもしろかった本

産前産後にどうにもあまり本が読めなくなり、それから時間をかけて徐々にもとの読書量に戻ってきました。以下は昨年読んでおもしろかった本です。新刊はあまりありません。

◾️ガルシア=マルケス『物語の作り方 ガルシア=マルケスのシナリオ教室』 

物語の作り方: ガルシア=マルケスのシナリオ教室 | G.ガルシア=マルケス, 木村 榮一 |本 | 通販 | Amazon

 ガルシア=マルケス(ガボ)が講師をつとめる映画学校で、TVの30分ドラマをつくるために脚本家の卵たちとアイディアを持ち寄り、議論した記録が本になったもの。当時すでに大御所作家だったのではないかと思うけど、ガルシア=マルケスが若い生徒たちとかなり気安くしゃべっている。冗談混じりに茶々を入れ、ああでもないこうでもないと展開や設定を練るうちに、当初のざっくりしたアイディアが思わぬ変化を遂げ、物語になっていく過程が楽しい。自分もこんな合宿をしてみたい。

◾️トニ・モリスン『ビラヴド』『スーラ』

ビラヴド (ハヤカワepi文庫) | トニ モリスン, 吉田 廸子 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
スーラ (ハヤカワepi文庫) | トニ モリスン, 大社 淑子 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

気づけばトニ・モリスンがKindleで読めるようになっていて、小説をはじめて読んだ。Kindleは暗い中で子どもを寝かしつけるときの友で、子どもの寝息を聞きながら、『ビラヴド』に描かれる母親の、子どもの、人間の、何代にもおよぶ切り刻まれるような苦しみとその叫びに息を詰めるように読み進めた。

◾️大庭みな子『海にゆらぐ糸/石を積む』『がらくた博物館』

海にゆらぐ糸・石を積む (講談社文芸文庫) | 大庭みな子 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
P+D BOOKS がらくた博物館 (P+D BOOKS) | 大庭みな子 | 文学・評論 | Kindleストア | Amazon

高校の授業中に眺めた国語便覧で名前と顔だけは知っていた大庭みな子という作家。その小説をはじめて手に取り、今さらながらおもしろさを知ってKindleで読めるものをたくさん読んだ。『啼く鳥の』や『浦島草』もよかったけれど、敗戦の記憶が色濃い日本を舞台にしているせいか、戦後文学らしい重たい湿り気や情念、息苦しさが強く感じられる。『海にゆらぐ糸/石を積む』『がらくた博物館』は色合いが異なり、アラスカという土地の美しさと、そこに流れ着いたさまざまに癖の強い人びとを絵のように描いていて、その筆致に外国の文学や映画のようなほどよく乾いた味わいを感じて、ずっと読んでいたくなる。

◾️平民金子『ごろごろ、神戸』

ごろごろ、神戸。 | 平民金子 |本 | 通販 | Amazon

自分の子育てが少し落ち着いてきて、ようやく読めた子育てと街のエッセイ。ここに描かれる街の景色や小さなエピソードの色合いや手触りの一つ一つが楽しく、そういうものを拾い上げる眼と感受性をうらやましく思う。

◾️滝口悠生『高架線』『死んでいない者』

高架線 (講談社文庫) | 滝口悠生 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
Amazon.co.jp: 死んでいない者 (文春文庫) eBook : 滝口 悠生: 本

昨年この作家をはじめて読み、文章と小説的なたくらみの絡み合いに興奮した。寅さん小説…というより美保純に捧げる小説といったふうの『愛と人生』も好き。

◾️鹿島田真希『冥土めぐり』

冥土めぐり (河出文庫) | 鹿島田真希 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

手の中でそっとあたためられ磨き抜かれたような短編。

◾️フォークナー『八月の光』『アブサロム、アブサロム!』

八月の光 (光文社古典新訳文庫) | フォークナー, 黒原 敏行 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫) | フォークナー, 藤平 育子 |本 | 通販 | Amazon

昔『サンクチュアリ』を読んで以来のフォークナー。フォークナーは話の筋はメロドラマ的である、と言われるけれど、こんなブルドーザーでバリバリバリとなぎ倒すようなメロドラマがあるか!と海原雄山みたいに言いたくなる圧倒のされ具合。アメリカ南部という土地が歴史的人道的にはらんだ矛盾、そこから生み出された奇怪な人物たちの物語に、春先に読んだにもかかわらず夏のようにじっとりとした暑さを感じた。

◾️ジュリア・フィリップス『消失の惑星』

消失の惑星【ほし】 | ジュリア フィリップス, 井上 里 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

カムチャッカ半島で幼い姉妹の失踪事件が起こる。その出来事は土地に暮らすさまざまな女性たちの心にさざなみを立てる。
いまいる場所にうんざりしていても、どうしてかそこから抜け出せない。土地や人間関係のしがらみと、女として生きることの息苦しさ。女性たちが抱えるやり場のない鬱屈が、読んでいてキリキリとこちらに迫ってくる。全然劇的なシーンじゃないけれど、デートで薄汚い公共プールに行くという場面が、この作品を覆う鬱屈の雰囲気をよくあらわしているように思った。

◾️大江健三郎『燃え上がる緑の木』

燃えあがる緑の木―第一部 「救い主」が殴られるまで―(新潮文庫) | 大江 健三郎 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
大江健三郎 『燃えあがる緑の木』 2019年9月 (NHK100分de名著) | 小野 正嗣 |本 | 通販 | Amazon

昔読んだ『万延元年のフットボール』以来の大江健三郎。読後に小野正嗣が作品解説をした「NHK100分de名著」のテキストも読んだ。
四国の山奥の村にあらわれたギー兄さんという人物が奇跡に似たことを起こし、「救い主」に祭り上げられていく。このギー兄さんという人がとても受動的で頼りなく、小説の人物としてみたときに全然おもしろくない、というのが興味深かった。宗教的な中心に据えられる人というのは物語的には案外おもしろくないものなのかもしれない。
一方、語り手で両性具有の女性サッちゃんがとても魅力的で、彼女の冒険譚につきあうようにこの物語を読んだ。

◾️コードウェイナー・スミス『スキャナーに生きがいはない 人類補完機構全短編』

スキャナーに生きがいはない 人類補完機構全短篇 (ハヤカワ文庫SF) | コードウェイナー スミス, 伊藤 典夫, 浅倉 久志 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

年初に『デューン 砂の惑星』上中下巻を読んだ勢いと、早川書房のKindleセールもあったりして、しばらくSFづいていろいろ読んだなかの一冊。エヴァンゲリオンの「人類補完計画」という言葉の元になっている。
自分は科学的な知見を落とし込んだようなハードなSFよりも、SF的な舞台のなかである種の神話や寓話が展開したり、文章そのものに詩的な味わいのあるようなSFが好きで(その代表格に思われるのがジーン・ウルフ)、そういう欲求に十二分に応えてくれる短編集だった。ストーリー的にやや古めかしいところはあるけれど、「青をこころに、一、二と数えよ」など、タイトルからして最高な短編がいくつもあった。

◾️アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』

蛇の言葉を話した男 | アンドルス・キヴィラフク, 関口涼子 |本 | 通販 | Amazon

馬みたいに巨大なシラミ(人懐っこい)や空飛ぶヤバい殺人爺さんが跋扈するエストニアのファンタジー文学。はじまりからこれが消えゆく民の末裔の物語であることが示され、寂寥感がほの見える…はずなのだけど、それにしてはだいぶはちゃめちゃというか人を食ったようなおかしみがあり、爆発的でデストロイ上等な終幕がすごかった。

◾️チェンソーマン第二部

[第98話]チェンソーマン 第二部 - 藤本タツキ | 少年ジャンプ+ (shonenjumpplus.com)

書籍ではないけど、ジャンプ+で第二部がはじまってとてもうれしい。
自分はマンガに詳しくないので、どうしても小説とか文学のたとえしか持ち出せないのだけれど、設定だけみればとても少年マンガ的なこの作品に、どうしてか野心的な文学を読んでいるときのような一筋縄ではいかないたくらみとけれん味、私小説のようなパーソナルな物語性を感じる。更新のある日はいつもじんわりとうれしい。

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