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生まれる前からの約束

「ぼくが天使だったころ、お空の上からママのこと見てたの、お兄ちゃんと一緒に」
「お兄ちゃんが『先に行くね』って飛び降りて、その次にぼくの番が来たんだ」
「どうやってママのところに来たの」
「滑り台みたいなところをヒューンって降りてきたの」
 次男が3歳の頃に、不思議な話を聞かせてくれた。
「ママを選んで生まれてきた」というような本のタイトルを、新聞広告で見たことがある。
スピリチュアルな世界に全く興味がないわけではなかったが、自分にとって都合のいい解釈をする程度だったので、次男の話に心底驚いたものだ。
中でも一番の不思議に思ったのは、次男が長男のすぐ後に飛び降りたという表現をしたことだ。
 
 長男は弟か妹が出来るのを、ずっと長いこと待ちわびていた。
最初は長男のためと思っていたのが、私自身どうしてももう一人子供が欲しくなり、不妊治療までして頑張ったが、あっという間に10年が経過してしまった。
もう諦めようと思った矢先に授かった子宝が、次男だったというわけだ。
 お空の上には、地上でいうところの「時間」という概念がないのかもしれないね、と長男と話した。
 
 あれほど懇願していたというのに、長男は弟との接し方や距離の取り方がなかなか上手くいかないように見えた。
一人っ子生活が長かったせいなのだろう、自分のペースを乱されるのが我慢ならないし、次男が勘違いしてトイレの電気を消してしまった時などは、逆上してわざと次男に同じ仕打ちをしたこともある。
 その頃のことを、まるで笑い話のように、昔話のように、今でもたまに次男は語る。
 
 次男は元々饒舌な方ではなかったが、高1ともなると余計に会話をしたがらなくなった。
機嫌が悪いと物に当たったり、夫(次男の父親)にペットボトルを投げつけて殴り合いのけんかに発展したこともある。
 長男が高校生の頃はもっとすさんでいたので、ある程度の免疫はできているつもりだった。
 けれど自分が望んで受験した高校に通うのが苦しくなり、ついには不登校気味となり、さすがの私も心中穏やかではいられなくなった。
 
 人が成長する過程の思春期という時期は、完全変態する虫のさなぎに例えられると聞いたことがある。
幼虫はさなぎになり、一度自分の身体を全部ドロドロに溶かして、きれいな蝶に生まれ変わるのだ。
 さなぎさながら煮えたぎるような気持ちを持て余し、次男は今どんなに苦しい思いをしているのだろうか。
 
 ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在している長男から電話があった。
 地球の反対側にいてもline電話で簡単に通話ができるのだから、時代は変わったなと思う。
 自分の体験談も交えて次男を励まし、ずいぶん長くしゃべってくれた長男。
 彼にとって今や弟はかけがえのない存在で、
「こうちゃんがいたから自分は人として成長出来た」と言う。
かくいう次男にとっても、兄はかっこよくて頼れる唯一無二の存在なのだ。
 
 いつか次男のドラマチックな変態ショーを見とどけたい、そんな日が来てほしいと切に思う。
 けれど、いつまでも兄弟仲良く助け合ってなどということは、私が願うまでもないだろう。
 
 ふたりはすでに生まれる前に、出会う約束をしていたのだから。
 

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