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嫁と夫の家族の境界線

 数か月前、義父が亡くなった。突然の心臓発作だった。
我が家から夫の実家までは新幹線で3時間以上かかる。世の中はコロナ禍で、帰省は控えましょう、というアナウンスに従い私たちはここ1年リアルで会っていなかった。
「万が一があってはいけないから」
 そう思っていたけれど、万が一が起きるのはなにもコロナだけじゃない。万が一は日常に潜んでいるのだ。

 義姉から連絡をもらい、訳も分からず子どもたちを連れて一家で帰省した。ガラガラの新幹線は、なんだか異空間のようだった。
 気持ちは沈んでいたが、子連れだと不思議と暗い雰囲気はでない。お菓子やお弁当を広げてタブレットでアマゾンプライムを見ている家族は、きっとこのご時世に不謹慎にみえただろう。でも私たちは必要緊急の状況だったのだ。

 駅に着くと義兄(義姉の旦那様)が迎えにきてくれており、その足で搬送先の病院に向かった。義父は出先で心臓発作を起こし、病院に搬送された。身元の確認はすでに義母や義姉がしていたので、病院から家へ逆搬送される義父を見送るためだった。
 そしてここでもコロナのせいで人数の規制があり、私や子供たちは病院に入らず車で待っておくことになった。

 夫は末っ子長男だ。姉が二人いて、小さい頃から「長男だからいずれ家を守るように」と言われて育った口。なのに地元を飛び出し、新幹線で3時間以上かかる場所に就職し、マイホームまで建ててしまった。
 まさかこんなに早く義父が逝ってしまうとは思わなかった。

 夫は当然のように喪主を務めることとなり、病院に入った瞬間から私たちとは別行動になった。彼は義父に付き添って葬儀屋の車に乗り込み、私はこどもたちと一緒に義兄の車で実家へ向かった。

 夫はおそらく憔悴しきっているだろう。喪主をやる羽目になり、プレッシャーを感じているだろう。着いたらなんて声をかけようか。
 そんなふうに考えていたけれども、それはまったくの杞憂となる。

 実家に着くと、すでに親戚がそろっており、葬儀屋さんがてきぱきと義父を安置してくれて、実家はすでに通夜の様相を呈していた。義父には兄弟がたくさんいて、私がついたとき夫は叔父たちに囲まれていた。

 久しぶりに会う親戚に子どもたちを挨拶させ、私も何か手伝おうかと台所に向かうとそこにはすでに叔母や義姉が。
 一番様子が心配だった義母も親類に囲まれて慰められている。
 
 ぐるりと見渡し、親戚の子どもたち(といっても高校生)が固まって座っているところにうちの小学生の子どもを連れて座った。
「ああ、どうしよう。なにもすることがない」
 義父の死はショックだったけれども、正直身の置き場に困り、きょろきょろと落ち着きなく、立ったり座ったりしていた。
 そのまま時間は過ぎ、一人ふたりと親戚が帰っていく。すると、ようやく夫が私たちの存在に気付いたようにふらりとやってきて言った。
「今日は義姉の家に子どもたちを連れて泊ってくれ。義母は疲れていて、子どもたちに構う余裕もないから」
 ──────え? どういうこと?
 なんだか、もやもやっとした。なんだか私たちが邪魔ものみたいじゃない?
 とはいえ、義母にゆっくりしてほしかったし、私たちがいては気を遣うということであればここは言うことを聞こう。

 もやもやを飲み込み、夫の着替えだけを実家に残して私は子どもを連れて義姉の実家に行った。ちなみに、義姉は実家に泊まるらしい。
 ほとんどしゃべったことのない義兄と高校生の甥っ子たち。子どもたちは従兄弟のお兄ちゃんと遊べると嬉しそうだが、私はますます居場所がないまま義姉の家に行った。
 しかもまあ、義兄の家事は完璧で。ここでも私は愛犬の侵入を防止するために柵が張られた台所に一歩も足を踏み入れることはなかった。

 翌日に通夜式、その翌日に告別式。何時何分からでいつに迎えにくるから、という連絡事項を、義姉から聞いた義兄に教えてもらう。
 夫からは何も連絡がなかったが、通夜の場所で夫を見たときにその理由が分かった。夫は寝てないし、ほとんど食べてない。そしてなんだかずっと誰かと話してる。
 じつは、私も親の葬儀で喪主を経験している。しかも2回(両親分)。
 だからこそ忙しいのはわかる。経験上、何か手伝えることがあるのではないかと思っていたが、それは驕りだった。
 葬儀はその家のやり方があるのだ。親戚の座る順番、読経してもらう先、敬意を払うべき関係各所。それは、その家の者でなければわからない。

 改めて、「ああ、私は他人だった」と思い知らされる。

 葬儀場の人が座る順番を案内する時、「喪主様から近い方から順に座っていただきますので奥様は…」と声をかけられたとき、どきりとした。
 え、今更前に行っていいの?
 と私がどぎまぎしてるうちに、夫の隣には義母が座りその隣には義姉たちが座ることに決まった。どうしてか、そうなった。
 でもちょっとだけ、ホッとした。

 式は滞りなく終わった。突然の義父の死にいまでもみんな悲しみに暮れている。私だって、そうだ。
 義父は、若くして父を亡くした私に結婚した時に「これからはあなたのことを娘として大事に思います」と言ってくれた。ふたたびお父さんと呼ばせてくれた人だった。私のとって、かけがいのない人だった。

 義理の両親には結婚して以来、私に親がいない分、出産のときもなにかと助けてもらった。義姉たちも帰省のたび子どもたちを可愛がってもらい、うちは嫁姑問題もなく、いい家族だと思っていた。

 ……と、思っていたけれど。

 仕事をやり終えて、ようやく私たちと合流した夫は、「やっぱここが落ち着く」と言ってくれた。でも、私の中ではもう消せない思いが黒いシミをつけて、うすくうすく広がっている。
 もう、なかったことにはできない。

 時々、夫を冷めた目で見てしまう。この人には私とは別に家族がある。別に浮気でも何でもなく、当然のことなのに。私は嫉妬にも似た気持ちを抱えてしまった。

 この先、溝は埋まるのだろうか。最近はふと、墓のことを考える。私は最後、どこで眠ろうか。
 同じようなモヤモヤを抱えている誰かがいるなら、語りたい。

 終わり



 




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