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【あべ本#26】乾正人『官邸コロナ敗戦』

「熱いうちに」読みたい保守からの政権批判

実に4か月も空いてしまいましたが、続いております「あべ本レビュー」、久々の今回は、まだ緊急事態宣言継続中にいち早く刊行された『官邸コロナ敗戦』(ビジネス社)。産経新聞論説委員長の乾正人氏が「鉄は熱いうちに打て!」(まえがきより)とばかりに書き上げた本書、読むほうも「熱いうちに」。

一般に「安倍支持派」とみなされる産経新聞ながら、どっこい、本書はかなり厳しく、結構厳しく安倍官邸のコロナ対応を批判しています。しかも、朝日新聞的な批判ではない、いわゆる「保守」からの批判で、「そうだよ……こういうのを待っていたんだよ……」という内容でもありました。

乾氏は安倍総理に対し「靖国なぜ行かぬ」と直言するなど、歯に衣着せぬ論調。最近は朝まで生テレビやラジオなどにも出演されていますが、その個性的な語り口がいい感じで本書の本文にも生きています。

親書まで書き換えた二階&今井コンビ

サブタイトルに〈親中政治家が国を滅ぼす〉とあるように、乾氏は「敗戦」の理由として、中国との関係を慮って感染症の水際対策が遅れたことをあげています。2020年4月に予定されていた習近平の国賓来日はもちろんのこと、春節という中国の大型連休で日本に落ちる予定だった中国人観光客のマネーにも目がくらんだ。結局東京五輪まで延期の憂き目になった今となっては、目先の利益に囚われてより大きな魚を逃したことに。

そもそも保守派からは批判の声も多かった習近平の国賓待遇。第二次安倍政権発足からしばらくは、安倍総理は「対中包囲網」を形成しようと国際社会に呼びかけていた立場だったはずなのに、どうしてこうなったのか? それについても、取材によって明らかにしています。

「そりゃ、幹事長の二階でしょ……」とみんな思うわけですが、ことは二階だけではない。官邸官僚の今井尚哉が影響していたというのです。

今井は二階が総務大臣を務めていたときに大臣官房総務課長というポジションにいたという関係性があったそうですが、この二人が何と、安倍総理から習近平に宛てられた親書の内容を書き換えてしまい、AIIBに前向きな文言を盛り込んだ。それまで「価値観外交」を提唱し、法に基づく国際秩序をと言って中国の無法を批判してきた日本外交、その核になっていたのが元外務官僚で日本版NSCのトップを務めていた谷内正太郎ですが、この「親書書き換え」に激怒。以降、日本外交は親中路線に切り替わった…というのです。

こうした親中路線が、回りまわって……ではなく直結して、今回のコロナ事案に対する水際作戦を手ぬるいものになさしめたのだと乾氏は指摘します。中国の機嫌を損ねては大変だ、いきなり渡航禁止などはちょっとやりすぎだろう…という手心が、結局は緊急事態宣言を出さねばならぬ事態に至らしめたのだ、と。

米国頼みがあだに

そしてもう一つ、乾氏は根本的に日本には「自分の身は自分で守る」という意識が欠けていたのではないか、とも指摘しています。

日本の安全保障は、戦後一貫して「平和を愛する諸国民の公正と信義」に依存してきた。具体的には、平和を愛しているかどうかは別にして、アメリカの「公正と信義」、言い換えれば日米安全保障条約によりかかってきたのである。

全く全く同感であります。私もプレジデントオンラインで以下の記事を書かせていただいたんですが……。

単に意識の問題というだけではなく、国のつくりそのものが「国が強いリーダーシップを取ってあれこれ指示を出してその責任を取る」という形になっていない、ともいえるかもしれません。

もちろん、他国のように強制的に法によって感染者を隔離したり追跡したり、医療に関するデマを飛ばしたら逮捕、などということができるようになることが是、とは言い切れません。また、一部の評価もあるように、きわめて曖昧な「お願い」でありながらみんなが何となく従ってそれなりに被害を抑え込んだ「日本モデル」を称揚する声もあっていい…とは思います。

しかし「いやーよかった、みんなで我慢したから抑えられたんですよ」と言っていてはこの事態から得るものは何もなく、次の感染症流行時にもまたのらりくらりお願いして何となくなんとかなった…という事態になりかねないし、「何とかならなかった」という事態になる可能性も大。

その点で、一章をさいている台湾の事例などは、土台の政治機構の違いはあれど、知っておく必要はありそうです。

「新しい対中様式」が必要

さて、最後に再び中国との関係に戻っておくと、そもそも台湾だって中国との経済的結びつきは強いわけですし、少しでも中国の機嫌を損なえば投資を止める、輸出には関税かける、中国人旅行客を足止めするということは平気でやってくる。それでも国民の生命を守るために中国をシャットアウトした。一方日本は、ようやく今になって「生産拠点などについて中国からの回帰を促そう」という話になりつつあります。

「中国依存度が高いのだから、中国とうまくやるしかない、機嫌を損ねるわけにいかない」という話はよく聞きますが、それなら依存度を下げればいい話なんですよね。本書でも指摘がありましたが、実際、2010年に尖閣沖漁船衝突事故後のやり取りで中国がレアアース対日禁輸に及んだあと、日本は中国以外の輸出先を探し、リサイクル技術なども向上させて脱中国に舵を切った。中国市場は魅力的なのでしょうが、政治的理由でいつでもどうにでもされてしまう市場を「命綱」宜しくしがみつくのは間違いではないかと。

発売後から売れに売れているという『目に見えぬ侵略』というオーストラリアにおける中国の工作の実態を暴いた本がありますが、この筆者も「中国依存が高いから、中国無しでオーストラリアは生きていけない、というのはおかしい、対中依存度を下げよう」とのべていました。

全くおっしゃる通りですよね。

中国を一気に締め上げて暴発を誘発するのは得策ではないのでしょうが、コロナを機に「新しい対中様式」を考えてもいいのではないでしょうか。

しかしそれにしても、本書においての「安倍総理」の影の薄さは驚くほど。もちろん何でもかんでも前面に出て総理があれこれ口出すもんじゃない、とは思うのですが、安倍総理自身の意思や考えはどこにあるんだろうか(ないのか?)。


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