見出し画像

【あべ本#21】鯨岡仁『安倍晋三と社会主義』

帯は煽りすぎかも?

本年最初のあべ本レビューです。今年もよろしくお願いいたします。

今回の本は日経から朝日に移った鯨岡記者の新刊。なかなか尖ってますよね、タイトルもですが、それ以上に帯が。これは反安倍的な人に向けた角度をつけたメッセージとして「有効だ」と編集部が判断した結果なのでしょう。

しかし中身は帯ほどおどろおどろしいものではなく、かなり客観的に考察したものとなっております。

新自由主義者と叩かれていたはずだが…

本書も「岸信介の流れから安倍晋三(安倍政権)を読み解く」パターンですが、エピソードを交えることで、「岸から安倍へ」の社会主義的傾向を浮かび上がらせていて、面白く読めました。

それは三輪寿荘という日本社会党の創設者の一人で、岸信介とは旧制高校→東大法へともに進んだ同級生の社会主義者。安倍晋三『新しい国』(文春新書)にもその名が出てくるという。第一章では、三輪の孫・健二と安倍の接点、そして岸と三輪寿荘の関係と、岸による「統制経済」「社会福祉」政策について分析。

そしてその流れを意識的に受け継いでいる安倍晋三が元は厚労族であり……と話は続き、アベノミクスは「社会主義的な統制経済」の色合いを帯びていることを解き明かしていきます。この分析結果は、前回の「あべ本」とおおよそ一致。

あれって感じですよね。特に「保守の立場から安倍政権の、中でも経済政策を批判してきた」立場の方々は、「安倍政権の政策は新自由主義的だ」というのがその批判の核心だったはずです。どうしてこうなったのか?

最近聞かない「瑞穂の国の資本主義」

確かに、小泉政権後に誕生した第一次安倍政権は、前政権の路線を継承し、その象徴的人物である竹中平蔵を起用したことで、イメージも固定した感がある。

しかし安倍の本心としては「やみくもに政府を小さくすれば国を危うくする」と思っていた、と本書は『美しい国』の記述を基に指摘。

第二次安倍政権になってからは、依然として竹中平蔵の影はちらつくものの、「反新自由主義」の藤井総や、「欧米の強欲資本主義に対抗する、日本的価値を重んじた公益資本主義」を掲げる原丈人などが安倍の「知恵袋」として登場する。どう考えても彼らは「竹中なるもの」は嫌いなはず。

一時期安倍総理が口にしていた「瑞穂の国の資本主義」というフレーズは、藤井・原をはじめとする人々(竹中的じゃない人たち)からの影響の現れなのでしょう。最近トンと聞かなくなりましたが。

鵺のような安倍政権の経済政策

一方で、安倍総理は「日本の財産を外資に売り渡す、新自由主義経済を実行している」と批判され続けている。アメリカは抜けてしまったけれどTPPの件、日米TAG、外国人労働者の件、水道民営化、法人税減税などの政策の他、ダボス会議をはじめとする海外での「外資カモン」「グローバル万歳」な発言が「安倍は規制を取っ払い、国家を世界的な競争にさらし、やがて弱体化させる新自由主義者だ」と思わせてきたわけです。

安倍=新自由主義者というラベリングには批判の声もあり(これとか)、本書を読んでも「改革といっても国家の介入領域を拡大させる方向での『構造改革』だった」、「欧米でいえばむしろ左の政策」と言われてもいる。どっちが正しいのでしょうか。経済の基礎のない私には判断しかねますが、「内向けには国家が介入する社会主義的統制経済」を敷き、外資に対しては障壁を低くして間口を広げる「新自由主義」というケースもあり得るのでしょうか? 

基本的な経済を見るOSが備わっている人からすれば「これは社会主義的」「新自由主義的」「ケインジアンだ」と個々に判断できる素材があるのでしょうが、安倍政権が無手勝流に(OSの区別なく)いろいろつまみ食いしている可能性もあるかもしれません。だから鵺のようになってしまっているのかも……。場面によって使い分けているから、「アベノミクスを総じて表現する経済思想がない」ということかもしれません。

本書では「外向け」の経済がらみの政策については取りざたされていませんが、この点は今後の「あべ本」に解決の糸口を探せれば…という課題が残りました。

「左派政策を道具に改憲の野望を……」

さて、本書で最も気になるところが、立命館大学の経済学者・松尾匡のこの一言です。

「安倍さんが(経済では)左派の政策を奪ってやって、景気良くなって、失業率も下がった。自民党の支持率が上がり、選挙をやったら、勝っている。安倍さんが最もやりたいのは憲法改正だろうが、そういう右派的野望のために、欧米では左派と位置付けられる経済政策が道具に使われるのだと思うと、恐ろしいと思う」(文中の()は補足)

松尾氏は護憲派なのだろうと思うわけですが。しかしアベノミクスには正しいところもあるとする松尾氏の考えからすれば、安倍政権が経済まで右派の政策をやっていたらもっと散々なことになると判断せざるを得ないわけで。

おそらく松尾氏からすれば、安倍政権が右派的経済政策を取っていれば国民経済がガタガタになり、支持率が落ちて憲法改正もできない――ということになるのかもしれませんが、経済政策の観点で、国民生活の維持向上を考えてある程度正しい方向性を政権がとった、というならば、それに対しては評価せざるを得ない気がします。松尾氏も思わず口にしたのかもしれませんが、憲法に関する評価はまた別にしないと。

こういう区分けも、左右両方でしっかり意識して安倍政権をとらえなおしていけば、過度な評価も、過度な貶めもない評価をしうるのではないでしょうか。その時、何が残るのか。

まあ、「あべ本レビュー」を書く立場としては、極端なものも面白いのでそうした本もつい期待してしまいますが(笑)。


サポートしていただけましたら、それを元手に本を買い、レビューを充実させます。