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【あべ本#28】森功『官邸官僚―安倍一強を支えた側近政治の罪』

同じ読むならこういうレポートを読むべき

実は本書、は2019年5月の発売直後に読んでいたのですが、当時は「森友・加計問題について新情報が書かれているかどうか」に注目していたため、「綿密な取材だけど、なー」くらいの感想でしかなかったのですが、最近もう一度読み直して、評価がかなり変わりました。「あべ本」としても、時間に限りのある方はこういう本を読むべきだと思うのです。

前回の望月衣塑子・佐高信の対談本があまりにひどかったから比較して本書の評価が上がったわけではありませんが、自ら取材して事実を掘り起こし、最終的には「官邸官僚」の本丸である今井尚哉氏本人のインタビューも取っており、単なる思い込みと余談と決めつけで政権を分析している本とは違って政権にとってもダメージなら、国民にも資するところ大であるといえるでしょう。

「今井ちゃん外交」の成れの果て

産経新聞論説委員長の乾氏が『官邸コロナ敗戦』で書いていた、中国あての親書書き換え問題について、本書では今井氏本人の弁が掲載されていました。

書き換えを「総理の意向です」と言って突破していたらしいですね、と聞かれた今井氏は「そういう言い方はしていません」と言っていますが、一方で「一対一路に関する記述を僕が修正したのは事実です」とはっきりおっしゃっている。また、これはのちにこの「あべ本」レビューでも取り上げることになる北方領土に関して「(元外務官僚で、国家安全保障局局長だった)谷内さんと一番対立した」とも言っており、いくら官邸外交とは言っても、経産官僚であるところの今井さんがそこまで出張っちゃって大丈夫なんですかね、との思いは高まるばかりです。

結果、先の『官邸コロナ敗戦』でも指摘されるように、対中融和路線がコロナ禍での中国入国禁止令を遅らせ、欧米を中心に湧き上がる対中非難の声の中で習近平国賓来日を取りやめることもできないうえ、北方領土交渉ではむしろ「領土問題などない」「国境は画定している」とロシアが強く言い出し始めるという事態になった。

これ、特に対露交渉は今井氏にしても安倍総理にしても、彼らの首一つでは贖いきれないくらいの失態じゃないでしょうか。

安倍総理は、第一次安倍政権を残念な形で退陣したのちも、自分に寄り添ってくれた今井氏を大いに買っており、「今井ちゃんはなんて頭がいいんだ」と言っていると本書にあります。もちろん信頼できない部下と国家の行く末を話し合うことはできないのはよくわかりますが、仮に自分への忠誠心や義理人情だけで重用しているのだとしたら、これはやはり問題でしょう。

モリカケ問題で議論の焦点になった「忖度」については、してしまいがちなのはわかりますが、官僚が議員を「国民に選ばれた人たちだから」と尊重するのならもう一歩踏み込んで、「これをすることが国益になるのか」も常に頭においてほしいし、というか絶対置いているとは思いますが、総理くらい偉い人の意向と、省益(私欲含む)、そして国益というものの間にある葛藤を感じ、願わくば乗り越えてほしいものだと思います。

「外務省バッシング」の影響はあったか

なぜこんなことを言うかというと、安倍総理が外交さえも「腹心の部下頼み」になってしまって、本来専門家であるはずの外務官僚の声を聴かなかったのだとしたら、それは「(外務)官僚バッシング」の影響も少なからずあったのでは、と思うからです。

省益にとらわれて身動きが取れない、前例主義で柔軟な対応ができないというのが官僚制をサゲる際の常套句ですが、特に財務省・外務省に対するバッシングは激しいものがありました。

中でも保守派は、中韓との「歴史戦」文脈で、土下座外交を良しとする(と右派からは見える)外務官僚については「害務省」などと散々っぱら批判してきたわけです。

それは単なるバッシングではなく、実際に叩かれて仕方ない面もあったのでしょうが、第一の問題は官僚に方針を示す政治の側にこそあるのであって、さらに言えばそうしたことに興味を持たずに来た国民にも降りかかってくるはずなのです。しかし、「歴史戦」にまい進する人々からすれば、外務省は確かに壁にも見えたことでしょう。叩きまくったわけです。

もちろん安倍総理自身が議員として外務省と接する中で「あいつらどっち見て仕事してんだ!」と思ったことはあったでしょうし、歴史観そのものが違うということもあったに違いない。が、こういう機運の中で外務省主導の外交は信じられない、となり、その中では信頼できると自ら抜擢したはずの谷内正太郎氏の影響力を結果的に低下させ、「今井ちゃん」が伸してきたとするなら、こうした世論と政治と官僚のめぐりあわせを悔やまずにはいられないわけです。

官僚の「順当な出世」を肯定していいのか

一方で、本書で筆者の森氏が、安倍官邸による「官僚一本釣り」システムに関して「本来ならトップを張るべきだったスーパーエリートを差し置いて(安倍ちゃんらのお眼鏡にかなう)二番手三番手が伸長してきた」とか「ポスト争いの順番が狂った」と書き、あまりよく思っていない点については若干気になりました。

ポストというのは、学歴・入省時の試験結果・ポストにたどり着くまでの経歴などが左右して、同期の中で「将来の次官はあいつかあいつだな」と何となく決まっていき、実際にそういう出世ポストのためのレールに乗るもののようなのですが、これ自体を肯定していいのか……という気にはなります。

筆者は当然のことながら、「一本釣りによって、今井ちゃんみたいなのがのさばっている」現状に否定的なので、「だったら番狂わせなしで行った方がいい」と思っているのだと思いますが、「順当な出世」が必ずしもいいとも言い切れないですよね。省益を守るためのふるまいを見せる人が省内では評価が高い、なんてこともあるのでしょうし。山田明『スマホ料金はなぜ高いのか』(新潮新書)を読んだら、総務省から通信系会社への天下りの多さに驚かされましたしね…。

今井ちゃんはついにアメリカのシンクタンクのレポートにも「親書を書き換えた」「媚中派」と書かれてしまいましたが、さて。


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