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【すが本#1】西谷文和『ポンコツ総理 スガーリンの正体』

出オチ感満載の「すが本」

「すが本もレビューしようかな…」などと思っているうちに、菅政権があとひと月ほどで終わるという事態となっております。すでに刊行されている「すが本」の何冊かは「あべ本」と重なっており、当欄で取り上げたこともありますが(例えばこちら)、「純粋なるすが本」というのも当然、存在しますし、新政権に切り替わってからもぽつぽつと発売されるに違いありません。

で、こちらの本なのですが。タイトルのインパクトだけで押そうという出オチ感が満載なのですが、読んでみました。というのも、対談をまとめたこの本の聞き手が例のあの人だからです。

そう、「マックのJK(女子高生)」や「ハイキング中にすれ違ったドイツ人」など、自説に都合のいいコメントを言ってくれる(実在が疑われる)存在として使われるネットミームの新顔、「通訳のアブドラ」を繰り出した戦場ジャーナリスト・西谷文和氏なのです。
 
率直に言って、西谷氏はスガーリンの正体の前に「通訳のアブドラ」の正体をきちんと説明すべきだと思うわけで、本書の副題「すべてはウソと八百長だった!」が壮大なブーメランにならないことを切に祈るばかり。ガチの左翼からはひんしゅくを買いそうなこのタイトル(スガーリン)からは、まさに「ダメな方の『すが本』」感がプンプン匂っております。そしてご多聞に漏れず「アベ・スガ」は徹底してカタカナ表記を貫いております。

佐高、望月、前川、青木…

さて、本書の内容は西谷氏が主宰する「路上のラジオ」をゲストとの対話形式で収録したもので、その内容はといえばいかにも「よくある菅政権批判」といったところ。

表紙にある通りゲストは佐高信・青木理・前川喜平(2回登場)・望月衣塑子・小出裕章といった、あれなオールスターという顔ぶれ、だいたい想像通りの内容に終始。

佐高氏が菅憎しのあまり〈東北ではね、(菅総理の出身地である)秋田は数段低く見られてる(笑)〉と突然の差別発言をかましたり、青木氏が政権に批判的な人々から「スシロー」とあだ名される田崎史郎氏を〈(テレビに引っ張りだこなのは)彼のハニーさ、キューティーさがあるのかもしれないけど(笑)〉と不思議な角度で評価するようなところには、乾いた笑いを禁じ得ません。

また、日本国内の防衛産業を取材してきた望月氏が「日本の企業は儲け的にも、『世論の目』的にも、武器輸出や防衛装備に及び腰」としながら「なぜ米国産の高い兵器をこんなに買わされるんだ!」と批判しているのは、お笑い草というほかないわけで。現実と自分の言っていることとの整合性はどうなっているのでしょうか。

「日本は紛争を話し合いで解決する国です」…

さて私は西谷氏の著作を読むのは初めて(そして最後かもしれない)なので、彼の戦場ジャーナリストとしての手腕は「通訳のアブドラ」に関する部分しか知らないのですが、本書を読んでも全くその認識はアップデートされませんでした。まあスガがメインであり戦場についての話をしていないから仕方ないのかもしれませんが……。唯一、あとがきに「戦場感」がないではない部分があるので紹介しましょう。

〈(政府はABの二択を迫ってきたが、常に第三の選択肢Cがある、としたうえで)アメリカでテロが起こると大統領がテレビの前に出てきてこう語る。「世界はアメリカにつくのか、テロリストにつくのか、どっちなんだ」。ここにもCがある。日本は憲法九条があるのでアメリカの戦争には協力しません。その代わり、アメリカとテロリストの間に入って和平会議を開催します。日本は紛争を話し合いで解決する国です。こうなれば、軍縮に向かうことができて……〉

しかし軍事力の裏付けがない仲介人の言うことを、テロリストが聞きますかね? 日本の話し合いに乗ることで、テロリストが得られるものって何なんでしょうか。

武力の必要性、というときに思い出すのが、国連難民高等弁務官や国際協力機構理事長を務めた故・緒方貞子氏の述懐です。

〈――平和や人道主義のために武力介入が必要な場合もありますか。
「国連難民高等弁務官をしていた時のことでした。ボスニア・ヘルツェゴビナの戦争は、終盤で敵対する民族の虐殺を防ぐために北大西洋条約機構(NATO)軍が空爆し、セルビア軍を抑えて戦争終結に導いた。あれを見ていて、軍事力の行使も必要な場合もあると思いました。平和的な交渉ですべてが解決するほど、世界は甘くはないのです」〉(朝日新聞のインタビュー

毎日新聞の西谷連載は更新途絶える

アフガンにおける写真や動画の盗用疑惑がかかっている西谷氏。朝日新聞は西谷氏の一本の記事を撤回しましたが、ネットでも公開されている毎日新聞夕刊(大阪版)の隔週連載は、過去記事の公開は続いているものの、アフガン陥落後、つまり「通訳のアブドラ」騒動後の更新は何らの言及もないまま、途絶えています(9月5日現在)。

過去の記事に添付されている写真にも無断転載の可能性が指摘されていますから、更新中断の理由と合わせて、毎日新聞は何らかの説明が必要なんだろうと思います。

説明責任を果たさなければならないのは政治家だけじゃないんですよね。

あと結局、読んでも「スガーリンの正体」はわかりませんでした。でもこの本、アマゾンでは評価が40近くもつき、増刷され、某大型書店では今も平積みされています。

なんだか「スガーリン」とか「嘘つきシンちゃん」とか、この手の本を喜んで読んでいる人たちの幼児性が心配になりますね。

ちなみに表紙のこの中東の子供たちらしき写真については、見る限り何らの説明もありませんでした(クレジットもない)。

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