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料理が苦手。そして我が子の偏食。

私は料理が苦手です。

幼少期

小さい頃からあまり料理の手伝いをしてきませんでした。
というか、手伝おうとすると、違う違うと言われてやり直させられたり、もうちょっとこうだとかあーだこーだ言われて、母の顔色を伺わないといけなくて、なんとなく、私って料理やらない方がいいんだわ、と思ってしまったような気がします。もしかしたら、私がそう感じてしまっていただけかもしれません。
それでも母が大変そうな時は手伝いをしたかったけれど、結局足手まといになりそうだし怒られそうで、やろうか?と声もかけられず、別の部屋でテレビ見たりゲームしたりしていて、さらに機嫌を悪くさせるという状態に。
そんなわけで、機嫌が悪くなった母に、「うちには女の子がいないから」とまで言われる始末。料理に対する苦手意識が凄まじくなってしまいました。

ちなみに母の作る料理はとても美味しかったし、感謝していることばかりです。私がうまくやれなかったからいけないのだと思います。母は悪くないと思うし、今自分が母と同じような状況になってみて、仕事に育児に家事に忙しくてイライラして家族にあたってしまう気持ちは痛いほどわかります。

そんなこんなで、手伝いをあまりしてこなかったし、自分一人で料理を作る経験も数えるほどしかなくて、これではまずいと思って、ずっと実家住まいだったのですが、教員として正規採用された年にやっと一人暮らしを始めました。一人暮らしになれば、必然的に自炊をすることになるので、そこでようやく料理をするようになりました。だからまだ料理歴10年も経ってません。自己流でいろいろやってみて、まあなんとかやってる感じです。でも揚げ物はやりたくないし、なんかちょっと凝った時間のかかりそうな工程の多いレシピはやりたくないし拒否反応が😅

母になってから

そんな状態で母親になってしまい。
今てんてこまいで朝昼晩と食事を作り続けています。
夫も料理をするので、交代してもらって作ってもらうことも(頻繁に😅)あるので、とてもありがたいです。
あと、宅配サービスにも加入しているのでお料理キットのようなものや、レシピの決まったものを頼むようになってからだいぶ楽にはなりました。

それでも、お昼ごはんとか、休日のごはんとか、自分で献立を考えなければいけないし、まだ子どもたちは幼児食なので、薄味にするとか、食べムラがあるからどんなものなら食べられるか考えて子どもと大人が一緒に食べられるものを探したり、ほんっっっとうに大変で。
料理が苦手というか、嫌いなんだと思いますが、その割によくやってると思います。

そうやって頑張っていても、子どもは好き嫌いがはっきりしていて、嫌なものは嫌だし、食べたくない!って作ったものみんな残されるし、遊びたくて立ち歩くし、まだ食具もうまく使えなくてこぼすし投げるし、手で触ってみたくてぐちゃぐちゃになるし…そうやって、わざとではないにしろ、作ったものを粗末にされた、と感じることの多い毎日で、心が折れます。

食べないと生きていけないし、
美味しいものを食べることは大好きだし、作って美味しくできた時は嬉しいけれど、

・幼少期のトラウマ(とは言い過ぎかもしれないけど)
・作ったものを粗末にされる現象を目の当たりにする

というのが重なって、なかなかやはり料理を作るということは苦手だし好きじゃないなと思ってしまうのです。

親になるって大変ですよね。
そんなの知らない!誰か教えて!!って思うことの連続で。
食事も、おむつはずしも、着替えの仕方も、靴の履き方も、道具の使い方も…
子どもにもよるんでしょうけれど、私にとっては食事がいつも悩みのタネです。

そんなことを考えながら、先日図書館に絵本を借りに行った際に、自分が読む本も探していて、見つけた2冊の本。
ひとつ目は、「偏食・少食・野菜いやいや」という本です。

この本を読んでみて、1度目はだいぶグサグサと来てしまったので、あまり子どもの食事に悩みのある方は心の準備をして読んだ方が良いかと思います😅
それでも私が印象的だったところをまとめてみます。

食べさせないと育ち損なうー真面目な大人の最初の不安
母になりたての人は、一回一回の食事を食べさせることに一生懸命です。手をかけて用意した食物を(裏ごし野菜も、お魚も、ご飯も、ヨーグルトも)すべて食べさせようと熱心です。
〜中略〜ですから、食べ残すと計算通りの摂取量に届かないー育ちそこなうー結果になると考えます。そこで、なんとかして「食べさせようとする」姿勢が強くなります。
「偏食・少食・野菜いやいや」室田洋子・小川雄二

あー、私だ、と思いました。

本に書いてあるのですが、食べたか食べないか、野菜はどうだ、ちゃんと噛んでいるか、バランスよく食べたか、いろいろなことが気になると、熱心に指導や注意をしたくなってしまう。でも子どもたちにとっては「教えー教えられる関係」よりも、好奇心が湧き、面白い、という自発的な感覚を促されるような「対等な関係」が重要なのだそうです。
そして、この食べ物を与える与えられるという関わりは、全てにつながっていて、
「もうひと口」「もうひとさじ」という関わられ方をすると、

『要求が起きる前に口に押し込められる経験』

となってしまうそうなのです。
そして

意欲や好奇心、自分で探し出す達成感や満足などは自発的なものです。その、自発的に生まれてくる意志が未然に封じ込められてしまい、大人の不安が先に立つ育ちの環境になるのです。

とのこと…。
育て損なってはいけない、競争社会に負けないようにと与え過ぎなのかもしれません。

食の強要、学習の強要、運動訓への追い込み、期待…などの親切すぎる、子どもには迷惑な実態を生み出しているといえます。

と筆者は書いています。

大人の場合、昼間食べ過ぎたから夜はセーブしようとか、ちょっと今は食欲がないなとか、そういうことがあっても、「残したらもったいない」「健康にいいから」という理由で食べることもできる。でも子どもも同じように体調や気分で食べたくない時があっても、それ以上に優先することなんてないのだから、無理に食べることはできない。
これを、忘れがちなのですよね。食べてほしい!育ち損なって欲しくない!という思いが先立ちすぎて。

ちなみに、もし野菜などを食べない期間が続いても、ホメオスターシスというのが働いて、不足した栄養分は目の前のお皿に用意してあれば食べようとするそうです。だから過剰に心配しなくて良いのかなと。

さらに、もう一冊の本にもこんなことが書いてありました。

食べ物の好き嫌いは放っておくのがいちばんいいのです。
食事の時間はとても大切な時間です。笑いながら、会話しながら、おいしく食べる以上に親が気にかけるべきことはないと私は思っています。「少食で困る」「ひと口も食べないで、嫌いだという」など、子どもが小さいときの食事の悩みはあるでしょうけれど、どんなに栄養価が高い食事でも、イヤイヤ食べたものが栄養になるとは思えません。
〜中略〜
「子どもの願いを叶えてあげてください」と私は繰り返し言っていますが、いちばんいいのは食事なんです。「何が食べたい?」と聞いて、それを作ってあげるのです。ぜいたくなものではなく、心のこもったものを。子どもは「自分は大切にされている」と自然と思えるでしょう。

こちらの本。タイトルが泣けます。
「大丈夫!あなたはちゃんと子育てしてるし子どももちゃんと育ってます」
最高ですよね。こんな風に言ってくれる人、いません。
著者は、児童精神科医の佐々木正美先生。別の本も読んだことがありますが、本当に親にも子どもにも優しい印象があります。
佐々木先生のご家庭では、大皿料理にして、好きなものを好きなだけ食べるようにさせていたそうです。取ったら戻さないというルールだけ。好き嫌いはもちろんあったけれど、大きくなるにつれてそれも無くなっていったと。

だからやっぱり大切なのは、楽しく、食べたいものを食べたいだけ食べることなんだと思います。
それをさせてあげず、嫌がる息子を捕まえては「最後の一口ね!」「これだけ食べて!」なんて言ってますから、そりゃあ立ち歩いて遊びたくもなりますよね。反省しています…

これらの本を読んで、
とりあえず、私ができることは、
私のできる範囲で、苦手なりに、栄養を考えて食事を用意すること。(用意するだけ。)
あと「何食べたい?」って聞いてあげること。
好奇心をくすぐるように、一緒に料理したりできるなら野菜を育てたりする経験をさせること。
私自身、料理苦手ですから、子どもとは、楽しみながら遊びの一環で一緒にやっていきたいなとは思っています。

子どもがごちそうさまというならごちそうさまで、追いかけてまで大人が完食させることを目指さなくても大丈夫。全部食べなくてもいいけど、用意することだけ。
あとは子どもの成長を見つつ、ですね。子どもなりに成長しているなら、それでOKかなと。


だから何が言いたいのか、いろいろあってまとまりませんが、

・親の言葉はある種呪いのように大人になってもついてまわってしまうことがあるから、子どもにかける言葉は気をつけないといけない(親を教師と言い換えてもいいかもしれない)。

・食の強要は、子どもの好奇心や自発的な態度を奪い、親との信頼関係さえ崩れる一歩になってしまう。

・子どもとの食事は、楽しむことが1番。子どもの「食べる」ことに干渉し過ぎず、尊重する。

ということをまとめとしたいと思います。

食べないと生きていけない!
そして料理も食事も楽しめるように。

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