池ハロに見るコスプレオンラインイベントの限界(前編)

バレンタインに次ぐ季節商戦、それがハロウィン。毎年、渋谷でのハロウィンと称した騒動が繰り広げられる。同時に、池袋ではコスプレイベントとして池袋ハロウィン、通称池ハロが展開されている。
2020年は、昨今の社会情勢の問題も有り、オンラインイベントとなった。コスサミこと世界コスプレサミットも2020年はオンラインイベントだった。しかし、Twitterに上がったオンラインイベントの予定を見ると、全く気を惹くものは無かった。

今回のオンラインイベントのコンテンツは、パッと見る限り、動画配信サイトでコスプレ討論会と出演の有名コスプレイヤーの秘蔵写真を公開するぐらい。後は各自、公式のハッシュタグに過去のイベント写真や自撮りをアップするだけだ。そもそも、コスプレ討論会は一部からの指摘通り「レイヤー学級会」と呼ばれる問題提起が日常茶飯事で起きているが、それが配信されるだけと見てよい。
なまじ有名なコスプレイヤーをゲストに呼び、ゴールデンタイムのバラエティ番組のようなことをするだけだ。そのファンであれば盛り上がるだろうが、そうでなければ冷める。

コスプレ討論会。レイヤー学級会は日常茶飯事と言ったが、問題が解決されることは無い。ただフォロワー…元は支持者の意味だ…の、今時の言葉で言えば
「わかりみがふかい」
と云う、所謂全肯定コメントと、条件反射のRTといいねの数が全てだからだ。インフルエンサー気取りと云うか、承認欲求を満たす道具に成り下がっているようにしか見えない。
そこに異なる意見を唱えても、それが正論だとしても見向きされないのは、つまりそう云うことだ。重要なのは何が正しいか、ではなく誰が発したのか、だ。条件反射の数字で「自分が正しいことを補強」した意見、それでちゃんとした討論になるワケがない。それなら、自身が好き放題問題提起する普段のツイートやnoteの記事の方が、まだ面白いと断言する。
しかし、オンラインイベントのコンテンツとしては扱いやすい。コスプレイヤーが熱く語る様子を配信すればよいだけだ。そしてこれが、コスプレのオンラインイベントの限界を示している。

以前、自身もオンラインイベントを開こうと某経済雑誌のオンラインセミナーに出席したことが有る。その時に受けた印象は、とにかくオンラインイベントは、登壇者によるトークやプレゼンがメインだ。そして、ただのツイキャス配信ですら、オンラインイベントの定義に含まれる場合も有る。
オンラインイベントは、デジタルデバイスのディスプレイとスピーカーからの情報が全てになる。視聴者とのコミュニケーションはコメントを拾ってトークを膨らませることが挙げられる。
そもそもコスプレイベントは、インタラクティブなコミュニケーションで成り立ってきた。簡単に言えば、コスプレイヤー同士などの交流だ。それが一方的に、ゴールデンタイムのバラエティ番組まがいのコンテンツを配信して盛り上がるかと問われれば、否と即答する。

「有名コスプレイヤーを出演させれば、多数のフォロワーが見て盛り上がる」
と安易に考えられている節は有る。それに嫌悪感を抱く者も少なくないが、それは別の機会に書くが、簡単に言えば「作品やキャラへの愛の表現手法」ではなく「メディア露出のビジネスツール」として扱われている節が有ることに対するものだ。当然、先述のコスプレ討論会もといレイヤー学級会のネタとして何度も使われてきた。
遅れたが、今回は二次創作のコスプレでメディアに露出する、その是非については置いておく。
個人的な意見を書くと、コスプレがビジネスツールとして使われることに対しての嫌悪感は無い。だが、有名人を出したところでコンテンツに魅力が無ければ意味が無い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?