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雪を見上げて深呼吸すると、伝統技術が感じられたお話。

その日、名古屋は珍しく大雪に見舞われていた。雪は静かに音を立てながら積み重なり、足元はギュギュと雪が圧縮される音を奏でる。空気はピンと張り詰め、大きく深呼吸をすれば、普段であれば気づかないようなささやかな冬の香りが鼻腔を震わせた。

雪が、私の五感をいつも以上に研ぎ澄ませてくれていた。

その日、私は「写真×香り」の個展を開催しており、最後の在廊のために名古屋にいた。

特段、友人や知り合いもいない土地なので個展在廊以外にすることがなかったのだが、ひょんなことから東京で知り合った友人の実家が名古屋の中心部にあることがわかり、彼に取り次いでもらってお邪魔させてもらうことにした。

「杉本幅生堂」

150年続く、老舗の桐箱屋である。

正直、私は桐箱については何も知識がない。しかし、クリエイティブに携わる人間の職業病であろうか、150年続く伝統工芸の「技術」や「ルーツ」を生で見たくなってしまった。私は、好奇心の赴くままに、友人のお父さんを訪ねて桐箱についてお話を伺う。

「幅生堂の『幅』は掛け軸の数え方である『幅』のこと。元は掛け軸を入れる桐箱を作っていたのが始まりなんですよ。」

「良い桐箱っていうのは、釘も木で作って打ち込むんです。この木釘を作るだけでも削り出しが一苦労。」

「桐って白い印象があるでしょう。けどあれは、1年間雨ざらしにしてアクを出した黒い桐を鉋(かんな)で削るとああなるんです。雨ざらしにしないと使っているうちにアクが出てきて黒くなってくる。なのでその工程が大事。」

伝統は細部に宿るのだ。私は終始、技術の妙に感動して、お父さんのお話に聞き入っていた。釘一本を木から削って作り上げ、それらを滑らかに打ち込み、箱を作る。ある種の芸術がそこにはあった。

最近ではこの伝統工芸技術を現代アートと掛け合わせた、新たな取り組みをしているという。

NIKE「エアジョーダン」のシューズケースを桐箱で再現

https://www.instagram.com/p/CWagTx1lfF5/

雪が降りしきる中、工房でお父さんと2人で桐箱について話し込む。桐箱と何かの掛け合わせの可能性について小一時間ディスカッションもした。そのひとときは、不思議なほどに切り取られたような静謐さが漂う。懐かしい木の香り。そして職人の手を待っている工具達の息吹がそこにはあった。

雪は工房という異世界に私を沈殿させてくれた。

私は会釈をして、扉を開く。振り向いた先には幹線道路を忙しなくトラックが横切り、コンビニでは白い水蒸気をマフラーからくゆらせた車が何台も連なっていた。


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