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探偵!ナイトスクープで彼女ができた話

何を隠そう、私は東京育ちである。

学生時代は原宿でマリオンクレープをかじり、渋谷のタワーレコードに通い、新宿ピカデリーで映画を観る。東京の空気を日常的に吸っていた。
世間が許すならば、シティボーイと言ってもいいだろう。

しかし、東京はどこか居心地が悪いと無意識に感じていた。

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私と大阪イズム

おそらくその居心地の悪さは、コテコテの河内の女である母親に育てられたからであろう。自宅に帰ればそこは東大阪である。友達が家に遊びに来たら、振る舞うのはお好み焼きだった。

振り返ると、私は東京にいながら関西人としての英才教育をされていたように思う。ある時は大阪にいる叔母から送られてきたVHSの巻き戻しと再生を繰り返していた。

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「ダッダーン、ボヨヨンボヨヨン」

3歳児の私にとって大阪のCMは刺激的だった。
おっぱいへの執拗なまでの執着心はこの時期に養われたと思う。
ちなみに当時近所に住んでいたリュウくん(4歳)にこれを見せたら鼻血を出した。

またある時は、小学生の私は叔母から送られてきたカセットテープを繰り返し聴いていた。

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「目薬刺すとき、無意識に口を開けてしまう、ああ〜小市民」
「家族の誰もが開けられなかったごはんですよの蓋を開けると得意がる〜」

ルーズソックスのアムラーが社会現象になっている時に、丸いサングラスでギターを握る嘉門達夫に私は心酔する。この面白さを共有しようとカセットテープをダビングして同級生に布教活動をした。

東京の小学生にはあまりウケなかった。

探偵!ナイトスクープと私

母親の日常的な河内カルチャーに加え、叔母からの産地直送カルチャーが今の私を形作っているのだが、決定的な要素がもう一つある。

探偵!ナイトスクープである。

探偵ナイト
(引用元:朝日放送HP https://www.asahi.co.jp/knight-scoop/archive.html)

関東圏で知らない方々向けに念の為ご説明しよう。「探偵!ナイトスクープ」は1988年から今に至るまで朝日放送(ABCテレビ)で制作されている視聴者参加型バラエティ番組である。西の人間で知らない人はいないのではないだろうか。

一般視聴者からの依頼に対して、探偵役の芸人が実際にその依頼を解決しにいく。キャラの濃い一般人とともに繰り広げる笑いあり涙ありの依頼解決は、今や関西の文化の一つと勝手に思っている。

大阪は東京に次ぐ都市であるといえど、地方都市の一つ。制作においてさまざまな制約がある中、編み出された番組のスタイルと、風土的に「自分を下げて笑いをとる上方漫才スタイル」が染み付いた一般人の方々とのやりとりが織りなされて、プロの芸人だけでは実現できない番組となっている。
それがまた、心地よい。

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(引用元:朝日放送HP https://www.asahi.co.jp/knight-scoop/archive.html)

ちなみに東京ではTOKYO MXテレビにて毎週日曜17時から関西より2週間くらい(?)遅れての放送がされている。(現在はTVerやAbema TVでも観られる) 

社会人になった私は、そんな探偵!ナイトスクープを毎週MXテレビ経由で録画し、憂鬱な日曜の夜を乗り越える日々を送っていた。

転職をしたばかりで仕事もうまくいかず、彼女なし、一人暮らし。
唯一の癒しは探偵!ナイトスクープがくれる「笑い」だった。

「今日もアホやなあ〜」

そう心で呟きながら、同時に

「誰かこの面白さをわかってくれないものかなあ」

と三軒茶屋で思うのであった。

なぜなら、最後に付き合った彼女に探偵!ナイトスクープをおすすめして観せたところ

「何この下品な番組…。何がおもしろいのか全然わからない。」

そう一蹴されてしまったことがあり、東京の人は冷たいなあと東京育ちながらに思った。

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その後、もちろん馬の合わない二人は別れることになるのだが、私は大きな学びを得た。それは「価値観が合う」という抽象的な言葉の具体を知れたことである。

つまり

「探偵!ナイトスクープ×気になる人=一緒にゲラゲラ笑う=価値観が合う」

そういう方程式が私の中で成り立っていた。
私にとって探偵!ナイトスクープはいわば恋のリトマス紙として、癒しのバラエティ番組以上の存在になっていたのだった。

「今日、家行っていい…?」

そんなある日、恋のリトマス紙を使う場面がとうとうやってきた。
予定していた合コンがなくなり、参加予定だった同僚の女性Yさんと差しで飲むことになったのだった。
Yさんが予約してくれた池尻の焼き鳥屋で飲みながら、他愛のない話をする。
さして普通の飲み会と代わり映えのないシーンである。
乾杯の時にYさんが放った一言だけを除けば。

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「今日、家行っていい…?」

東京のIT系女子はさすがだなと、東京育ちながら思った。
ジャブもボディブローもありやしない。
ゴングと同時にどストレートをかましてきた。

怯みながらも理由を聞くと、BSで自分の仕事が取り上げられるが、自宅でBSが見られないからと言う。そんなことはウソでもホントでも良い。

「それは、仕方ないね。汚いけど、もし良ければ。」

こちとら既に部屋は掃除しているのである。
もしものためにベッドのシーツも洗っておいた。

「ねえ、探偵!ナイトスクープって知ってる?」

BSの番組が始まる時間が迫っていた。
駆け足で三軒茶屋の自宅へ戻り、テレビをつける。
間に合った安堵と共に、その後の時間をどう使うかという焦りでBSの番組は全く頭に入ってこない。

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異性と二人でテレビを見ている…
この人は気が合いそうだけど、本当に気が合うのだろうか?
一歩踏み込むのならば、ちゃんと相性を見極めたい。
BSの番組が終わると共に、私は言った。

「ねえ、探偵!ナイトスクープって知ってる?」

千葉県生まれ、千葉育ち、大学は東京のYさんは案の定、知らなかった。

「これめっちゃおもろいから、次これ見ない?」

そう捲し立てると、録画リストから適当な回をチョイスして見せる。
リトマス紙は、赤か?青か?

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青だった。
Yさんは爆笑していた。

こんな番組あるの今まで知らなかったと。
2時間分くらい一緒に見た。
こんな人が東京にいるんだと、初めて思った。
東京育ちだけど。

しかし、ひとしきりゲラゲラ笑った後、Yさんはあっさりと帰っていった。
本当にBSが見たかったようである。
もしかしたら、話を合わせて長居をしてくれていただけかも知れない。

過去のトラウマがある私は疑心暗鬼のまま、洗い立てのシーツにそっと包まれた。

男女2人、一つ屋根の下

それからというものの、私がYさんを家に誘うときのセリフは

「うちで探偵!ナイトスクープ見ない?」となった。

こんなセリフで女性を家に誘う男がこの世にいるのだろうか?
そして、その誘い文句に乗って2回、3回と家にやってきて、ゲラゲラ笑っては、そのまま帰る女はこの世にいるのだろうか?

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いるのである。

アラサー男女2人が一つ屋根の下で深夜までいる。
にも関わらず、手も繋ぐこともなければ、接吻なんぞもってのほか。
探偵!ナイトスクープをひたすら観て、「泊まっていけば…?」の誘いも振り払って解散する。

「Yさんは、本当に探偵!ナイトスクープを楽しみにうちへ来ているだけかもしれない…」

もはや恋愛対象として意識しはじめている自分が恥ずかしくなってきた。Yさんは何を考えているのだろう。次回、何もなく、何もできずに帰らせてしまうのであれば、それは人生で初めてできた「探偵!ナイトスクープ友達」と言うことで今後は割り切ろう。そう誓った。

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その誓いを胸に、再び自宅で探偵!ナイトスクープを観る時が来た。
その時の回は一生忘れないだろう。

「おばあちゃんが夜遊びをして帰らない。何をやっているのか探って欲しい」

確かそんな依頼が視聴者から寄せられて、探偵が現場に向かう話だった。おばあちゃんが夜通し友達の家に遊びに行って朝帰りをしてくるのだが、一体何をして遊んでいるのか?ご家族が不思議に思っての依頼である。

その依頼に対して、探偵が友達の家に隠しカメラを設置すると談笑するおばあちゃん達、トランプをするおばあちゃん達が映っていた。それを何時間もやっているのである。

そして夜が更けはじめた頃、おばあちゃん達が手を交互に重ね、一番下に手がある人が上に重ねている手を叩くというゲームを始めた。
小学生の時にやった方もいるのではなかろうか。非常に古典的な遊びである。それをひたすらにやり、笑い、朝を迎えるのであった。

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それを観ていた私たちはいつものようにゲラゲラ笑っていた。
だが今日はそれだけで終われない。

…私は閃く。

「Yさん、これ、俺らもやってみない?」

「え?」

「え、なんか、懐かしいやん…?」

「い、いいね…!」

アラサーの男女が、今、初めて手と手を触れ合わせる。
手を重ね、そして、一番下の手が上の手を思い切り叩く。
テレビの中のおばあちゃんのようにゲラゲラ笑い合う。

たった2人でやる「重ね手ゲーム」は今思えばシュールすぎる。
ただ、探偵!ナイトスクープ友達で終わるのか、はたまた彼女になるかが懸かっていた。

その日、Yさんは、彼女になった。

松本局長、探偵さんへ

そこからと言うもの私とYさんとのお付き合いは絵に描いたような順風満帆具合であった。そして喧嘩一つせず、2年のお付き合いを経て、結婚した。

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やっぱり私の作った方程式
「探偵!ナイトスクープ×気になる人=一緒にゲラゲラ笑う=価値観が合う」
は正しかったのだ。

かつて「何この下品な番組…。」と元カノに言われた苦い経験も、自分の中の「好き」を測る羅針盤を見つけるきっかけだったのだと、過去にそっと感謝した。

今もなお、妻とは探偵!ナイトスクープを一つ屋根の下で視聴している。そしていつもナイトスクープを観ているときに話すのは、「あのおばあちゃんの依頼がなかったら今の我々はいなかったね」ということである。

あの時、おばあちゃんが夜更かしをしていなければ。おばあちゃんが手を重ねて叩き合う遊びをしていなければ。我々はお互いを謎に牽制しあって、手を触れることもなく「探偵!ナイトスクープ友達」のままで終わっていたであろう。

あのおばあちゃんは今も元気なのだろうか。
今も友達と一緒に夜遊びをしているのだろうか。
もし可能ならば、一度でいいから我々を結びつけてくれたお礼を直接したい。

そして、一緒に手を重ね合わせて、叩き合う遊びを夜通しやりたい。

探偵さん、どうぞ、我々の願いを叶えてくれないでしょうか。
よろしくお願いいたします。

東京都世田谷区 33歳男性

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