あきかん【短編小説】
はじめてそれが置かれていたのは、去年の冬だ。
かなり冷え込む夜だった。
俺が日雇いの仕事を終えて、寝床にしている公園のベンチに帰ると、見慣れないものが置いてあったんだ。
空き缶だよ。
缶詰とかが入ってる口の広い缶に、雪が山盛り盛られてた。
勿論ゴミだと思って捨てたさ。
だが、次の日も次の日も、全くおんなじものがベンチに置かれてる。
こりゃ誰かが意図的に置いているとしか思えない。明日も置かれていたら仕事に行ったふりして犯人をとっ捕まえてやろう、どういうつもりだか吐かせてあわよくば銭でもぶんどってやろうかって考えてたよ。
次の日も、案の定空き缶が置かれていた。
だが、どうも様子がいつもと違う。
んでよく見てみると、缶の中身が雪じゃなくて柊の葉っぱと赤い実だったんだ。
それでハッとしたよ。
その日はクリスマスだったんだ。
それから缶にはいつも違うものが入ってた。
節分にはマメが入ってたし、春が来てからは桜の花だったり、タンポポの葉っぱだったり…
蝉の死体が入ってた時は度肝を抜かれたけどな。
以来ずっと俺の楽しみさ。
会ったことも、話したこともないが、暖かさを感じるんだ。
確かに人と会話をしている気分になれる。
別に会ってみたいとは思わないさ。
そんな無粋な人間じゃねぇよ。ぶち壊しだろうからな。
そう、そろそろ落ち葉も色づいて来た頃だしな。
実はずっと楽しみにしていたんだ。
今日あたりじゃないかってね。
ああ。じゃあ、俺はこれで帰るよ。
男はポケットに手を突っ込み、背中を丸めるようにして速足で歩いていた。
腕にかかったコンビニの袋が風に吹かれ、カサカサと無機質な音を立てている。
如何にも労働者といったような風態だが、顔に疲れの色は無い。
寧ろ生き生きしているようにすら見えた。
男は小さな児童公園に着くと、ブランコの側にあるベンチへと向かう。
一番左端のベンチに、小さな空き缶が置かれていた。
楽しげな顔でそれを覗き込む。
一瞬、男の動きが固まった。
もう一度改めて確認する。
其処には何も入っていなかった。
男はベンチにドカリと腰を下ろすと、コンビニで買った安いカップ酒を一気に煽る。
その顔は、困惑よりも落胆と失望が勝っているように感じられる。
「ちくしょう…」
男はあきかんを睨みつけていた。
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