天国【短編小説】
あたりは真っ白な靄に包まれている。
しかし、寒いという事はない。けれども暖かいというわけでもない。
強いて表現するのであれば「快適」という言葉が適当だろうか。どちらにせよ此処は、そんな概念とは無縁な場所であるように思えた。
次第と頭がハッキリしてくる。
そうだ、私は死んだのだ。という事は、此処は死後の世界という事で間違いないだろう。
私はかつて勇敢な軍人であった。
自分で言うのもおかしな話だが、実際に勇敢であったと思う。
部下を庇って最前列で闘い、時には和平交渉に自ら赴いた。軍を指揮する立場でありながら前線に立ち続ける私のことを、馬鹿野郎だと笑う奴もいた。
それでも私は常に罪と向き合って居たかったのだ。
背後から人殺しの命令をするだけなら誰にでもできる。自分が人を殺して得た金で生きている以上、その金で家族を養っている以上、自分のやっている事に正面から向き合わなくてはいけない。そういう考えを持っていたからである。
結果として確かに我が部隊は帝国一の精鋭部隊と成った。
指揮官である私が戦いに出で続ける事によって、結束は強まり、士気は高まった。
私はその活躍を評価され、皇帝から直々に勲章まで頂いてしまう事になる。
しかし、それも生きていた頃の話だ。
私は死んでしまった。
とても呆気ない最期。詳しいことは覚えていないけれど、頭に激痛が走ったことだけは覚えている。多分銃弾が当たったのだろう。
まぁ、終わってしまえばこんなものだ。
生きる為に沢山の人を殺してきたのだ。今更殺されて文句など言えはしまい。むしろ、地獄へ堕ちていない事に感謝すらするべきであろう。
今思えば人殺しと戦いだけの人生であった。
やっと、やっと静かに暮らすことができる。
私は周囲に目を向けた。
足元には色艶やかな花々が咲き、心地よい風が運んでくる爽快な香りが鼻腔を満たす。今迄全く気がつかなかったが、私の周りには沢山の人たちが行き来していた。これだけ人が居るのに息苦しい感じは全くしない。
しかし、何か慌しい感じがする。ずっと戦場にいただけあってこういう事には敏感なのだ。私は向こう側から歩いて来た男を呼び止めた。
「すみません、私は此処へきたばかりなのですが、何かあったのですか?」
「ああ、丁度良かった。君も一緒に来るといい。地上の戦争の所為でこっちの人口が増えすぎちゃってね、最近土地を巡って紛争が勃発しているんだ……」
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