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パリ・モンマルトルのパティスリーから  食関連ニュース 2021.05.12


今週のひとこと

パリ18区、もう20年も前の作品というと本当に驚いてしまうのですが、映画「アメリー」の舞台ともなった、モンマルトルの丘のエピスリーやカフェもそばのところに、友人のパティシエであるジル・マルシャルのパティスリーがあります。ジルの店は丘の上に登る、傾斜の激しいラヴィニャン通りの一等上、9番地にあって、サクレクール寺院の舞台まで行かずしても、ジルの店からも、眼下にパリを臨むことができます。2014年にジルの店ができる以前に、この通りに住んでいたことがあって、「アメリー」の撮影の頃も覚えているので、懐かしい場所。ピカソのアトリエだった、通称バトー・ラヴォワール(洗濯船)もすぐ上の広場にある。ウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」そのものというか。昔を生きたアーティストの亡霊たちにも、ふと出会ってしまいそうな、そんな不思議な磁場、風情のある場所と思います。

そんな場所にあるジルのパティスリーは、このコロナ禍において、甚大な煽りを受けた店の一つだったと思います。観光客にとっては、モンマルトルを散策する時のうってつけの店でもあった。ジルの店のマドレーヌやエクレア、ヴィエノワズリー片手に、この趣のあるモンマルトルの趣を味わえたといってもいいでしょう。

店は角地にあって、2方の大きなショーウィンドーから入ってくる、決して直接的ではない柔らかな光が、丹精込めて作られたパティスリーやヴィエノワズリーのショーケースを包み込んでいる。幸せに満ち溢れた、実にパティスリーにあってほしい姿が、この店にはあると思います。モンマルトルの丘という立地に相応しい店作り。それもジルと伴侶である彩佳さんの、身の丈で生きる人生に重なっていて、店を訪れた帰途には、必ず持ち帰る教訓を何かいただくというか、ありがたい友人の店の一つだと感じています。

ジルとはもう20年来の付き合いになります。ホテル「ル・ブリストル」のシェフ・パティシエだったころから、デザートにおけるチョコレート使いに長けていて、チョコレートのサバイヨンなど、今でもジルのデザートの上品な味わいは記憶に残っています。それから「メゾン・デュ・ショコラ」のクリエイティブディレクターに就任。独立して、このモンマルトルに店をオープンしたのが、先ほども触れた通り2014年の冬でした。マドレーヌが生まれた郷ロレーヌ地方出身であることを誇りに、マドレーヌを店のシンボルに掲げており、壁ひとつ隔てたアトリエから漂ってくる焼き菓子の香り、レモン、オレンジ、チョコレート、キャラメル、フランボワーズ、そしてフレッシュタイム&ライムなど、様々な種類のマドレーヌがショーケースの上に並んでいる情景を愛する人は、私だけではないと思います。

先日、店内で彩佳さんと世間話をしていると、何度か店で見かけたことのある男性が入ってきました。すかさず「僕の欲しいものはあるかな?」と問いかける。「もちろん!」と返す彩佳さん。この方は、昔から1週間に何度も足を運び、必ずアップルパイを買っていく常連さんでしたので、覚えていました。コロナ禍で観光客のお客を失って大変だとは話されていましたが、たった1時間しかお店にお邪魔をしなかったその間に、このお客さんをはじめ、近所の人に愛されているという強みを目の前にした思いでした。それはまさしく、たくましく生きる彩佳さんの姿。「すぐそばに住んでいるお世話になった方に、お礼をしたい。お菓子を取っておいてもらえるか」というお客には、当たり前かもしれませんが、その方と名前をきちんと把握していたこと。たまたま小銭が足りなくて戸惑った近所の子供のお客には、手にあるお金だけでいい、と瞬時に対応。遠方の友人にマドレーヌのボックスセットを贈るのに、カードをつけたいというお客には、本来はカードは有料だが、無料で差し上げる。などと、一件一件に対する、彼女の明るくて気っ風の良い、迷いのない機転の良さは、そばにいて気持ちよく、店をしっかり支えているのだなと、学ばされました。ジルのサイトにあるスタッフ紹介で、彼女の写真と名前の下に「La Vrai Chef(本当のシェフ)」と書かれていたのは、ジルからの冗談半分、本心のコメントかもしれません。と同時に、お互いを信頼をしあい、人生を築いているカップルの姿を垣間見たような気もしました。家庭でも会社でも、どんなコミュニティでも、小さくても大きくても、こうありたいという組織、つながりの姿。http://gillesmarchal.com/

その日は、一度いただいて虜になってしまった春の名物「フレジエ」を、弊社の協同経営者の誕生日祝いでホールで購入。5月の香り、ジューシーなイチゴに軽やかなクリームとビスキュイは、ロゼのシャンパーニュがぴったりのエレガントな味わいでした。もう一つ、この店で忘れてならないと思っているのはベニエ(揚げドーナッツ)です。その美味しさを知って、毎日狙っている近所のファンが間違いなく多く、午前中にはほぼ売れ切れてしまっている。細かな気泡が広がり軽やかで、砂糖とシナモンの加減も素晴らしい上品さ。マドレーヌもオペラもオススメですが、ベニエはこの店の裏メニューです。

今週のトピックスは今週のひとことの後に掲載しています。【A】「メゾン・ド・ラ・トリュフ」の内装、名デザイナーのアレクシ・マビーユ手がける。【B】トリュフの木9000本のスポンサーを募るトリュフの畑プロジェクト。【C】アボカドのハンバーガー店誕生。【D】ミシュランガイド、ベルギーのMangeons Wallon協会との共同企画で、初のフードイベント「Festifood 2021」を開催予定。

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