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フランスから、食関連ニュース 2020.11.25

今週のひとこと

凱旋門のそば、パリ17区にある1つ星レストラン「ラ・セーヌ・テレーム」のシェフを務める、日本人の高柳好孝さんが先週末から、テイクアウトで「リエーヴル・ア・ラ・ロワイヤル」を始めたというので、いただいてきました。仕上げられたメインのファルシをしたリエーヴルはもちろん、ソースもフォアグラも真空パックに。食べ手にわかりやすい、プロセスのレシピ付きで、自宅でも、レストランでいただく喜びと比べ、遜色ないお皿に仕上がりました。

秋が深まる季節「リエーヴル・ア・ラ・ロワイヤル」と聞くと、フランスの美食家たちがそわそわしはじめます。まるで、日本人の美食通たちが、腕の良い料理人さんたちが用意してくださる鮎料理を心待ちにするのにとても似ている。ジビエ(猟肉)料理の王様といってもよい、その「野うさぎのロワイヤル」。歴史を遡れば、ジビエ料理を愛したルイ14世が、晩年歯を失っても、食欲を満たしていただくことをミッションとした料理人たちが、秋の贅沢な幸をスプーンでいただける料理に仕立て上げたと言われている料理だということは、フランス料理に通じている人であれば、小耳に挟んだことがあるかもしれません。語りつがれたレシピを手記として残した料理人ムノンのレシピを、かのアントナン・カレームが完成させたものが有名です。

リエーブルを用意する料理人さんにまず聞く第一声といえば、「カレームのレシピ?、それともクトー上院議員?」につきるのですが、この問いかけは、タイムリーに言ってしまえば、あなたは民主党?あるいは共和党?という問いかけにも近く、緊張感も溢れます。あるいは、それを料理人さんが楽しんで、自身のレシピに仕上げていたりすることもあるので非常に面白い。クトー上院議員がこのレシピを考案した第三共和制下の19世紀末期の時代に遡れば、なおさらだったでしょう。王党派?共和党派のダイレクトな問いかけにもなり、いまもなお、手を下している料理人さんが気づかずに作っていたとしても、実はそのエスプリを綿々と受け継いでいるようにも感じる。料理が時代も思想も反映しながら、新しい料理が生まれ文化となる。こういうところが、フランスらしく、フランス美食の面白さだと私は思います。

クトー上院議員と出身をポワトゥ地方と同じくする亡きジョエル・ロブションさんのリエーブル・ア・ラ・ロワイヤルのレシピ。ロブションさんは、練り上げた技術と知識で、日常的な食材を取り込み、究極にシンプルに美食料理を生み出した人。そんな彼自身が持つエスプリに、クトー上院議員のレシピが響いた。ロブションさんによるクトー上院議員のレシピをベースにした「リエーヴル・ア・ラ・ロワイヤル」はとても知られていました。たまたま同郷だっただけなのか、あるいはポワトゥという土地が生むエスプリであるのか、時代も土地も超えた、稀有な魂のつながりを感じずにはいられません。

今週のトピックスは今週のひとことのあとに掲載しています。【A】コロナ禍で安全対策を行う企業支援「Safe&Clean」ラベル。【B】仏北部料理人が立ち上げた、土曜日限りのマーケット「ベル・エキップ」。【C】仏北部ジャガイモ生産者、イル・ド・フランス地域圏にて20キロ10ユーロで販売。【D】「Hugo & Victor」、デリバリー限定のエコフレンドリーボックス開発。【E】パティシエ、フィリップ・コンティチーニ氏のコロナ禍下商戦。

さて、その2つのレシピの違いについて言及しますと、カレームの制作した「リエーヴル・ア・ラ・ロワイヤル」は、野うさぎを内臓以外は外さずに開いたものにファルシを詰めて、網脂で包み火を通すという過程を経たもの。それを適宜の厚さに切り、丹念に仕上げた内臓と血のソースをかけてサーヴィスするそれは、まるで剥製のように命が吹き込まれた料理。そしてファルシにはトリュフを、またフォアグラを詰めている。まさに「王室風」。対してクトー上院議員のレシピは、トリュフにも整ったフォアグラにも用がなかった。野うさぎをぶつ切りにして、大量のエシャロットやにんにくをぶちこんで煮込んだそれは、まさに田舎風。出来上がりにピュレにしたフォアグラを添えたそうです。このレシピは共和制を推し進める当時の政治家たちの間で、非常に話題になってもてはやされたのですが、ペンネームがAli-Babのガストロノミー作家で鉱山王アンリ・ビバンスキーがクトー上院議員のレシピを田舎者の乱痴気騒ぎと酷評したために、カレームのレシピはAli-Babとも呼ばれています。ちなみにクトー上院議員は議員にのし上がる前には、普仏戦争のパリ戦線で一役買った後、地元ポワトゥ地方に戻って、農業をしながら、共和党の日刊紙で「農民からの手紙」という日曜日のコラムを担当していたという背景もあります。それをまとめた年鑑は平均20万部にも及んだといいますから、その影響力の強さは計り知れないもので、19世紀末の激動が浮かぶようです。

高柳さんのレシピはAli-Bab風。渡仏して12年。ヤニック・アレノ、アラン・デュカスなどに師事をしたのち、1つ星「アガペ」のシェフを経て、現ポストに抜擢されるなど、繊細な仕事にフランス人も魅せられている日本人シェフの一人です。「リエーヴル・ア・ラ・ロワイヤル」が好きで仕方がないという高柳さん。セップ茸、トロンペット・ド・ラ・モールのきのこをファルスに仕込んだ、じっくりとしたクラシックな味わい。透明感のあるソース、みずみずしいカリン、ニンジンのピュレと、すべてに軽やかさと上品さがあって、高柳さんらしい秀逸な仕込みでした。Ali-Bab風レシピには、フランス料理の技術やエスプリがすべて込められている、だからこそ、毎年、自分自身の腕だめしとしても作っているのだそうです。昨年は2016年に発起した「リエーヴル・ア・ラ・ロワイヤル」の世界選手権(今のところ、フランス国内のシェフが参加)のファイナルにも挑戦したという腕の持ち主ですから、今年も奮起して挑んだ秋だったのですが、こうした予期せぬ状況下に。そんな中、こうして真空パックにすれば、自宅で楽しんでいただけることが可能だと気づいたことが、今年の学びだったそうです。また、近々、この入り組んだリエーヴルのレシピを動画にし、Youtubeで10回にわけて公開予定だそう!フランス料理を知らない方も、そのベースに触れることができると思います。初回は26日ということですので、是非皆さんも、Yoshitaka Takayanagiさんの名前でチェックください。日本人である高柳さんによって、毎年練り上げられていくAli-Bab風レシピを、今後も追っていきたいと思います。

ところで、パリ14区にあるレストラン「ラシエット」の現オーナーシェフの David Rathgeber氏は、クトー上院議員レシピとAli-Bab風レシピを一皿に共存させています。彼がオーナーとなる前は、リュリュという女性料理人の方のカルト的な店で、フランソワ・ミッテランもイヴ・サンローランも溺愛して通っていたことでも知られています。ミッテランには定席があって、

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