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【資料①】花様年華 THE NOTES 和訳まとめ-3


前回の記事はこちら

和訳まとめの前回記事はこちら


※当記事は考察や個人の見解を含みます。ご了承下さい。※


LOVE YOURSELFシリーズ以降にBTSが発表した5つのアルバムに、特典として封入されたmini版の花様年華 THE NOTESを和訳していきます。

mini版のNOTESの詳細は【資料①和訳まとめ-1】の記事を参照してください。


第一弾第二弾に引き続き、第三弾の当記事では062(year22.05.28)~095(year22.07.31)のNOTESを整理します。

繰り返しの喚起になりますが、あくまでタイムリープをしているのはソクジン一人だけなので、ソクジン以外の6人のNOTESはどの世界線のものであっても、本人にとっては一度目の現実の出来事であるという認識を改めて念頭に置いて読み進めてください。

また、下線部は全て該当作品へのリンクになっています。

目次は読み飛ばしていただいて大丈夫です。今後考察をされるときに、見返すタイミングがあれば索引代わりに使ってください。



062【MOS:PERSONA】ホソク year22.05.28

year22.05.28 ホソク

あの海から帰ってきた後、僕たちはお互いに連絡を取らなかった。何か特別な理由があるわけではなかった。ソクジン兄さんとテヒョンが何か言い争いをして、帰り道ではジョングクが一人で違う道に行ってしまったが、それだけが疎遠になった理由ではなかった。それなら何が問題だったのか。けど、だからと言って僕から最初に連絡をすることもなかった。特別な理由がないこと、もしかするとそれ自体が理由なような気もした。

あの日を振り返ってみると、いつも突然吹き荒れた砂嵐を思い出す。ソクジン兄さんが展望台に上がってテヒョンがその後について上がった後、僕たちは手の甲で日光を遮って展望台を見上げた。いつだったかこういう事があったような既視感と共に、なぜか不安を感じた。「兄さん。ここ、僕たちが前に来た海ですよ。願いを叶える岩があった所。それってここと同じじゃなかったですか?」ジミンの話に少し周囲を見回した。その次の瞬間だった。テヒョンとソクジン兄さんが展望台から落ちそうになるくらいに、展望台をグラグラと揺らす砂嵐が吹き始めた。両腕で顔を庇って目を閉じた。展望台の上でどんなことが起きているのかと怖くなって焦ったが、吹き荒れる砂嵐の中で目を開けることは出来なかった。

風が止んで顔を上げると、ソクジン兄さんが展望台から降りて来るのが見えた。展望台の上から、テヒョンが頭を覗かせたままその姿を見ていた。展望台から降りてきたソクジン兄さんはそのまま車を出発させた。僕は一歩そこへ向かって踏み出したが、それ以上は踏み出すことが出来なかった。

その日の夜に僕たちもソンジュに戻った。ソクジン兄さんが先に帰ってしまうと、僕たちは夜を過ごす宿も、家へ帰る手段も失った。「帰ろう」と最初に言い出したのはナムジュンだった。みんながっかりした目つきだったが、しょうがなく歩き始めた。僕たちはみんな、ナムジュンがどうにかして計画通りこの旅行を続けようと話してくれることを願っていたのかもしれない。だけどナムジュンが家へ帰ろうと言って、僕たちの旅行は終わった。ワクワクしていた旅行は台無しになってしまった。

⇒ ソクジンを追ってテヒョンも展望台に登る描写は、BTS Universe Trailerに登場するため、ソクジンが【花様年華】の記憶を失って”魂の地図”を探している世界線であるとわかります。この世界線では海のモーテルで口論になる展開はなく、そのまま疎遠な日々が続きます。
 ジミンの言う「前に来た海」とは016のNOTESに記載がある学生時代に行った海。Love Yourselfペアポスター①ユンギ・ジョングク,②ホソク・ジミン,③ナムジュン・テヒョンには共通して「あの海から帰ったあと 僕たちはみな、ひとりだった」という言葉が書かれています。


063【MOS:PERSONA】ジミン year22.05.29

year22.05.29 ジミン

机の上に薄い光が差した。塾の名前が書かれた窓を貫いて入ってきた光だった。講義室の前方では講師がマイクを持って騒いでいたが、僕の耳にはなかなか入ってこなかった。僕は講義室の一番後列の隅で頭を垂れて座り、指の間に抜ける光の筋を何とかして掴もうと指を動かしていた。

病院を出たからと言って、何かが解決されたわけではない。むしろ元々いた場所から数歩後退した気分だった。「高校の卒業資格もなくてどうするの。検定試験の塾にでも通うべきじゃない」という母の言葉に推されて塾に通い出したのも、そんな理由からだった。言い返す言葉がなかった。今の僕には、したいことも出来ることもなかった。

塾に向かう間、心臓が締め付けられた。また勉強を始めるのも負担だったが、見知らぬ人の中にいなければいけないのが何よりも怖かった。誰かが僕のことを知ったら、どうすればいいのだろう。どうして高校を卒業出来なかったのかと聞かれたら、何と答えればいいのか。記憶の向こうに留めておいた学校での時間が恐ろしく思い出された。

⇒ 母親の勧めで高校の卒業資格を得るための塾に通うジミン。未だにトラウマと向き合えていない描写があるため、056のNOTESの時点では、まだプルコッ樹木園に行くことが出来ないのではないかという推測が出来ます。


064【MOS:PERSONA】ソクジン year22.05.30

year22.05.30 ソクジン

与えられたヒントは一つだけだった。”魂の地図”。それが何なのか、何をすればいいのかさえも見当がつかない聞き慣れない言葉だった。それでもそれを聞いた時、僕には何かを始めるきっかけが必要だったし、”魂の地図”がそのきっかけになるのだと期待した。しかし違った。数え切れないほどのタイムリープを繰り返しながら”魂の地図”について探ったが、何も手に入らなかった。思い返してみると、全てを始めたときもそうだった気がする。「全ての失敗と過ちを正して、みんなを救うことが出来ると信じるか?」この問いに頷けば、自分がどんな経験をすることになるのか少しも分かっていなかった。

本が所狭しと並ぶ、埃っぽい本棚を背にして古本屋を出た。階段を上って路地に出ると桜が散っていた。ふとここに来たことがあるような気がして振り返ってみた。地下にある古本屋の入り口は薄暗く、看板さえよく見えなかった。違う。他の本屋と混同しただけだ。”魂の地図”のヒントを見つけるため、数多くの古本屋や図書館に通った。インターネットの書籍資料とキーワードも全て調べてる。そんな中で、もしかしたらこの古本屋にも立ち寄ったのかもしれない。それとも似たような本屋か。

路地の入り口に停めておいた車へ向かった。エンジンをかけ、ハンドルに手を掛けたが、どこへ行けばいいのかはわからなかった。

⇒ 「全てを始めたとき」とはウェブ漫画で描かれている海でタイムリープの力を授かった場面。あまり必要性のなさそうな古本屋への既視感が意味深に書かれていて、027のNOTESに学校のアジトでの光景として「ソクジン兄さんとナムジュン兄さんは本を読んでいて、」と記載があったことを想起させます。もしかすると、ソクジンがヒントの代償として失った【花様年華】の時代にナムジュンと訪れたことのある古本屋なのではないか…というのは根拠のないわたしの個人的な妄想です。


065【LYS承’Her’:LOVE】ホソク year22.05.31

year22.05.31 ホソク

急に息が詰まって反射的に視線を逸らした。ずっと踊っていて息切れしていたが、だからと言うわけではなかった。お母さんに似てると思った。それは表情や顔の形ではなく、説明したり絵に描いたり出来るものでもなかった。もう10年以上一緒にいる友人の顔をまともに眺めることが出来なかった。一緒にダンスを習って、一緒に失敗して挫折して、努力してきた。汗だくになって床に寝そべったり、タオルを投げ合ってふざけたりもした。僕はこれまで一度も考えなかったことに気が付いて、ふらふらと起き上がった。角を曲がるや否や壁に背を預けて立った。落ち着かない呼吸を整えようとした時、「ホソク、どこ行くの?」という声が聞こえた。声。ひょっとしたら声かもしれないと思った。「ホソク」と呼ぶ声。今はもうよく思い出せない、僕を7歳に引き戻す声。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれている、幼馴染のお姉さんにケーキをもらうシーンから繋がる場面。ホソクのハッとしたような表情の正体は、幼馴染の声に、記憶の中の母親の声が重なったことへの戸惑いでした。


066【MOS:PERSONA】ソクジン year22.06.04

year22.06.04 ソクジン

父の書斎に入れば、嫌でも目に入る絵が一つある。 広い海、激しい波の上に浮かぶ危険な筏。飲む物も食べる物もなくて、羅針盤も希望も失って生臭い。喉の渇きと飢餓、憎しみと恐れ、恐怖と欲望に溺れてお互いの血を吸い、お互いを殺して、そして自らも死んでいく人々の絵。

幼い頃、僕はこの絵が恐ろしくて書斎にはあまり入らなかった。父がなぜこのようなぞっとする絵を飾っているのかを考えたこともあった。だが時間が経つにつれてその絵は次第に書斎の一部と認識されるだけになり、恐れや悩みの対象にはされなくなった。

その代わりに他の恐れが生まれた。それは父の書斎の中にある扉の、その向こう側の部屋だった。その扉や部屋自体は、特別変わっているわけではなかった。鍵が掛けられているわけでもなく、その扉の向こう側にも書斎の延長があるだけだった。あえて特別な点を探そうとするなら本がとても多いということだけで、父が学生の頃から集めていた資料と本が本棚にいっぱい刺さっていた。その部屋は〈奥の部屋〉と呼ばれた。

〈奥の部屋〉は父が一人で考えを整理したり何か構想したりする場所で、父の他には誰も入らなかった。かつて、たった一度だけその部屋に入っただけで、幼いながらにも分かることがあった。その部屋は、単に本を積み上げただけの書斎ではなかった。決まった順序もなく刺さっている本、好き勝手に積まれている箱と書類は、少し見るだけでも人間的ではなかった。紙特有の温もりも感じられず、絵や写真のようなものでさえも何の感情も含んでいないようだった。その部屋の真ん中に立って本棚を見上げるだけで、僕は委縮感に全身が押し潰されそうだった。

その部屋に入って叱られた記憶はないのに、いつからか僕はその部屋に入らないようになった。一度か二度、扉の前まで行ってみた。しかし、少しの時間足を止めて見上げるだけで、取っ手を回す勇気は出せなかった。

⇒ BTS Universe Trailerにも登場する書斎に掛けられた絵画は、テオドール・ジェリコー作『メデューズ号の筏』。唐突に登場する〈奥の部屋〉の存在は、物語の後半で重要な場面の舞台となります。


067【LYS承’Her’:LOVE】ユンギ year22.06.08

year22.06.08 ユンギ

Tシャツをもう一度脱いだ。鏡の中の俺は、まるで俺ではないようだった。〈DREAM〉と書かれたそのTシャツは、全く俺の好みではなかった。赤い色も、夢という単語も、タイトな着心地も何もかも気に入らなかった。嫌気が差して、煙草を取り出してライターを探した。ジーンズのポケットには無くて、鞄の中を探っていて気付いた。彼女が持って行ってしまった。何の遠慮もなく、俺の手から奪って持って行ってしまったのだ。その代わりに投げ返してきたのが、スティックキャンディとこのTシャツだった。

髪を乱しながらソファーから起き上がると、メッセージが届く音が鳴った。画面に映った三文字の名前を見た瞬間、突然周りがパっと明るくなり、心臓がどきっとした。メッセージを確認して煙草を半分に折った。ふと見ると、鏡の中で俺は笑っていた。〈DREAM〉と書かれたタイトなTシャツを着て、何が良いのか馬鹿みたいに笑っていた。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれていた共同制作者の女性とのやり取りを回想する場面。「画面に映った三文字の名前」に関して、現時点で明確な記載はありません。


068【MOS:PERSONA】ナムジュン year22.06.12

year22.06.12 ナムジュン

田舎の村は少しも変わらない様子でそこにあった。季節の変化を除いては全てが同じだった。俺は川沿いの店のある通りを避けるために、わざわざ村を大きく回ってサービスエリアのある町の方に向かった。道はほとんど上り坂だった。日差しが熱くて汗をかいた。スクーターが埃を立てて俺たちを追い抜いた。テヒョンは咳払いをして、一言不満を言った。あの事故が起きたカーブが目に入った。

何の標識もないただの道路脇。テヒョンはまるでそこに誰かが倒れているかのように膝を曲げてしゃがみ、アスファルトを見降ろした。ここに向かうバスの中で、俺はテヒョンに数年前の冬のことについて話していた。川辺の食堂での競争、どんよりとした空から落ちてきた雪、傷付いていた”テヒョン”の顔、スクーターが滑ったときの全身の毛が逆立つような瞬間。”テヒョン”の死。そして、その事故がどんなに簡単に忘れられていったのか。出来なかった話もあった。「頼みがある」と言っていた”テヒョン”の表情と、この田舎の村で暮らしていた全ての時間。俺がそいつを”テヒョン”という名前で呼んでいたということ。

「兄さん、俺たち死なないようにしよう」振り向くと、テヒョンは掌をアスファルトに当てたまま俺を見上げていた。俺は何か返す言葉を探したが、何も思い付かなかった。テヒョンの掌の下に、白い線となって横たわっていた”テヒョン”、いや、この田舎の村にいた友人が見えた気がした。こんな風に死んでいい人はこの世にいない。一人の友人が死んだのに、誰も責任を負わず、心から追悼しなかった。俺だってそうだ。

「降りよう」そう言うとテヒョンが体を起こした。「どこに行くんですか?」テヒョンの質問に答える代わりに俺は言った。「この前海に行ったとき、頼みがあるって言わなかったか?話してみろ。それがどんな頼みでも一緒に解決しよう」

⇒ EuphoriaからHighlight Reel '起承轉結'に繋がる世界線では、モーテルでの口論がきっかけで仲違いをしていたはずのナムジュンとテヒョンが一緒に過ごしていることから、口論が起こらなかった062のNOTESと同じ世界線であるとわかります。
 「あの事故」とはナムジュンが家族を置いて単身でソンジュへ戻るきっかけとなった、花様年華 THE NOTES 1に記載のあるアルバイト先の死亡事故。ナムジュンはその事故で亡くなった同僚のジョンフンを、心の中で”テヒョン”と呼び、テヒョンの姿と重ねていました。


069【MOS:7】ユンギ year22.06.13

year22.06.13 ユンギ

ジョングクの言葉を思い出した。「ユンギ兄さんの音楽が好きだからです。ピアノを聴くと涙が出るんです。僕、一日に何度も死にたくなったんです。でも、兄さんのピアノを聴くと生きたいと思います。だから僕は、兄さんの音楽が本当の僕の気持ちみたいだって思うんです。」酒に酔って床に転がったままそう繰り返していたジョングクの顔が思い浮かんだ。

⇒ ユンギが回想しているのは花様年華 THE NOTES 2に記載のある、ユンギを焼身自殺から救済し、毎日作業室に通ってユンギの退院を待っていたジョングクと酒を飲んだ時に言われた言葉。


070【MOS:7】ジョングク year22.06.13

year22.06.13 ジョングク

夢を見た。宙に浮いて病室を見降ろすと、病室のベッドにもう一人の僕が横になっていた。僕は眠っているようだった。どんな夢を見ているのか、閉じた目の中で瞳が発作的に動き、そのうち何の兆しもなく目をぱっと開いた。その瞬間に目が合った。

次の瞬間、僕はベッドに横たわっていた。事故が起こったあの夜の夢を見た。ヘッドライトは月になり、突然緑と青の玉のような光に変わった。そして目を覚ますと、あの辺りの宙にまた別の僕が浮かんでいた。幻想のような僕とまた目が合った。二つの視線が交差して、意識が逆転した。僕は宙に浮いた後、ベッドに横たわった。逆転と交差の速度は次第に速くなった。目眩がして、吐き気が襲った。

そして、わっと声を上げて目が覚めた。シーツは汗で濡れていた。息が切れて吐き気がしていた。ふとそれまで忘れていたことを思い出した。誰かの声。「生きることが死ぬことよりも苦しいのに」「大丈夫?」お母さんが呼んだ医者は「順調に回復しているから、心配いらないよ」と言った。打撲の傷と骨折を負ったが、出血はなかった。交通事故にしてはツイていると。僕は医者を見て言った。「ところで僕を轢いたのは誰だったんですか?」

⇒ 「生きることが死ぬことよりも苦しいのに」は、海からの帰り道で事故に遭った直後に耳鳴りのように聞こえた誰かの声。BTS Universe Trailerでは、ソクジンにタイムリープの力を与えた「緑と青の」瞳を持つ”猫”が、道路に横たわるジョングクの前に姿を現しています。


071【LYS轉’Tear’:YOUR】ユンギ year22.06.15

year22.06.15 ユンギ

頭の中できしきしと鳴り響く音楽以外、もう何もわからなかった。どれだけ酒を飲んだのか、ここがどこなのか、何をしているのか…。知りたいとも、大して重要なことだとも思わなかった。よろめきながら外に出ると、もう夜だった。ただ流されるようにして歩いた。通行人なのか、屋台なのか、壁なのか、分からないままいい加減にぶつかった。何であろうと関係なかった。全部忘れてしまいたかった。

ジミンの声をまだはっきりと思い出せた。「兄さん、ジョングクが、」次の記憶では狂ったように病院の階段を昇っていた。病院の廊下はおかしなほど長く、暗かった。病院着を着た人々が往来した。心臓がバクバクと波打った。人々の顔はみな青ざめていた。表情もなく、みな死人のようだった。頭の中で、自分の荒い息だけが聞こえていた。

少し開いた病室のドアの向こうに、ジョングクが横たわっていた。思わず顔を背けた。見ることが出来なかった。その瞬間、突然鳴ったピアノの音、炎、建物が崩壊する音が聞こえてきた。頭を抱えて座り込んだ。「お前のせいだ」と言った。「あなたさえいなければ、」そう言った母の声、いや、自分の声。違う、誰かの声。その言葉に長い時間苦しめられてきた。そんなことはないと信じたかった。それなのに、ジョングクが病室で横たわっていた。

死人のような顔の患者たちが行き来する廊下で、ジョングクが横たわっているのを見た。病室には到底入ることは出来なかった。確かめるのが怖かった。立ち上がると、足がふらついていた。帰り道に涙が出た。笑える話だ。俺は、自分が最後に泣いたのがいつだったのか思い出せなかった。

横断歩道を渡ろうとしたとき、誰かに腕を引っ張られて振り向いた。「誰だ?」いや、誰であろうと関係なかった。誰でもよかった。「付いて来るな、行けよ。頼むからほっといてくれ」俺は傷付けたくなかった。傷付きたくもなかった。だからどうか、俺に近寄らないで。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれている、病室で横たわるジョングクを目の当たりにしたことで再び自暴自棄になってしまうユンギ。ホソクがジョングクの事故をみんなに知らせた日に連絡が取れなかったユンギの元に、ジミンが直接知らせを伝えに来ました。
 横断歩道で腕を引いた「誰か」は共同制作者の女性。この後ユンギは再び音楽と向き合うことを辞め、酒に溺れる生活を送るようになります。「近寄るな」という言葉はユンギのLove Yourself個人ポスターにも登場します。


072【MOS:PERSONA】ナムジュン year22.06.15

year22.06.15 ナムジュン

急かされるようにラーメンを食べる子どもを見降ろした。8才、いや10才ぐらいになるのだろうか。まだ冷めていない麺を頬張りながら、時々首を傾けて俺の顔色を覗った。名前を聞くと「ウチャン。ソン・ウチャン」と答えた。汚れが染み込んだ跡があるTシャツにラーメンの汁が飛んで、指で擦りながら「またおばあさんに叱られる」と呟いた。

 ウチャンを初めて見たのは2ヶ月くらい前だった。ガソリンスタンドから帰っている時、後方のコンテナの前にウチャンが立っていた。その時はソンジュ駅から外に出て行く近道を探してここに差し掛かったのだろうと考えた。コンテナ街は子どもが過ごすのに相応しい場所でない。ところが、それから2週間ぐらい過ぎた後にも、コンテナのそばの空地で古いサッカーボールを一人で追いかけている姿を見たり、その後も何度もウチャンを見かけた。常に夜遅くまで一人でウロウロしていて、いつも同じTシャツにズボン、同じスニーカーを履いていた。一目見てわかるように、気にかけてくれる大人がないのが明らかだった。それでも俺が何かをしてあげることは出来なかった。俺は俺自身のことだけで精一杯だった。 俺はいつもウチャンを知らないふりして通り過ぎた。

今日ガソリンスタンドの仕事を終えてコンテナ街に戻った時は、すでに夜11時を越えていた。 鍵を探してポケットをくまなく漁っていると、遠くでうずくまって座る影が目に映った。ウチャンだった。いつもそうしているようにただ気配を消せばよかった。鍵を探してコンテナのドアを開け、一人でラーメンを沸かして眠る、それだけだった。ところが今日はそうすることが出来なかった。そんな風にはしたくなかった。

空を見上げた。一日中曇っていた。夜空にも灰色の雲が重たく広がっていた。星の光一つも見えなかった。ふと空腹感に気付いた。俺の記憶が正しければ、コンテナにはラーメンがあと一つしか残っていなかった。他に揃えられるものもなく、今から揃える余力もなかった。それが俺の置かれた状況だった。ポケットから鍵を出そうとした。田舎の村を離れて見て回った風景を思い出した。バスの車窓に書いた文字を考えた。

俺はウチャンに向かって歩いていった。

⇒ BTS Universe Trailerに登場するウチャンについての記載があることから、ソクジンがyear22.08.30に彼女を交通事故で亡くして起きたタイムリープののちの世界線であるとわかります。
 「田舎の村を離れて見て回った風景」は家族を置いて単身でソンジュに戻った日の回想、「バスの車窓に書いた文字」はお馴染みの〈生き残らなければいけない〉。


073【MOS:PERSONA】ユンギ year22.06.23

year22.06.23 ユンギ

チャットルームに通知が来ているのに気付いて携帯を開いた。いつの間にか窓の外が暗くなっていた。これまでに書き溜めていた音楽をまとめる作業は容易なものではなかった。無作為に燃やしてしまった中で生き残っていたものと、記憶の中の旋律を集めて分類した。

その中で最も多いのは、意外にも高校時代に倉庫の教室で作ったものだった。思い返してみても、あの時の俺が熱心に音楽作業をしていたような気はしない。あの時の俺は、いや、どの時代の俺もそうだった。俺はいつも音楽から逃げていた。

チャットルームを開くと、すでにかなりの会話が進んでいた。チャットルームを作ったのはジミンだったが、俺を招待する前にもやり取りがあったようで、話し途中の会話が突然始まった。テヒョンがみんなに聞いた。「”魂の地図”って何か知ってますか?」しばらくしてホソクが答えた。「何それ?」テヒョンが答えた。「兄さん、それを僕が答えられたら聞くと思いますか?」「確かにそうだな。けど、急にどうしたの?」そんな会話がいくつか行き交ったあと、ジミンがいきさつを話した。病院で偶然見かけたソクジン兄さんが、”魂の地図”というものについて尋ねていたのだということだった。

ナムジュンが登場したのはしばらく後だった。「この前、ソクジン兄さんが俺に「”魂の地図”って何か知ってるか?」って聞いてきたことがあったけど、その時兄さんはこう言ってたんだ。「”魂の地図”が全てを終わらせる方法なんだ」って」それから、しばらくの間会話は止まっていた。恐らくみんな考え込んでいたんだろう。ソクジン兄さんが終わらせなくてはいけないものとは何だろうか。兄さんの様子がおかしいことは誰もが察していた。それなら、その”魂の地図”というものを探せば、兄さんは良くなるのだろうか。それは一体何で、どこで手に入れることが出来るのだろう。

そのあとに続いた会話はこんなものだった。「このチャットにジョングクは呼ばないの?」ジミンが答えた。「迷ったんですけど、ジョングクはまだ体調が悪いじゃないですか」ジミンは自信無さげに言葉を濁した。ふと、ジミンがどうして病院に行ったのかが気になった。長い間閉じ込められていた病院を訪ねる気持ちはどうだったのだろう。俺は一度閉じたチャットルームを開いてこう返した。「まあ、いいんじゃないか。ジョングクはもう少し休ませておこう」

⇒ Highlight Reel '起承轉結'の世界線では音楽を辞めてしまっていたユンギでしたが、花様年華 THE NOTES 2で展開されるジョングク以外の5人が”魂の地図”探しに介入する世界線では、極端に自暴自棄になることはなく、実家から独立してアルバイトをしながら生活しています。
 ソクジンがタイムリープを終わらせることだけに躍起になって6人を冷たくあしらう様子は、6人の記憶に残る学生時代のソクジンとは掛け離れたものでした。この日、この5人がチャットルームにジョングクを誘わなかったことが、意図せずのちにジョングクが抱く「自分に起きた事故に関する情報を兄たちが隠匿しているのではないか」という疑念を助長することへと繋がります。


074【LYS承’Her’:LOVE】テヒョン year22.06.25

year22.06.25 テヒョン

わざと歩みを遅らせながら、俺の後ろをつける微かな気配に集中した。コンビニで見かけたのは今日で3回目だった。これまでとは違って、今日は俺を見るや否や飛び出して行ってしまった。それからコンビニの裏にある小さな空き地をウロウロしていて、俺が姿を現すとまた身を隠した。自分なりに隠れているようだったが、影が堂々と長く伸びていた。にやりと笑いが出た。気が付かないふりをして通り過ぎると、俺の後を追って歩き始めた。

狭い路地に差し掛かった。この辺りで街灯が割れずに残っているのはここだけだった。路地は長く、街灯はその真ん中にあった。光源が前にある時、影は後ろに出来るから、今俺の影は俺の後ろに長く垂れているのだろう。もしかしたら、息を殺して付いてくる気配の足先まで届いているかもしれない。そのまま街灯の真下まで来ると、影は俺の足元に隠れた。俺は少しだけスピードを上げて歩き出した。街灯が背後へ回ると、俺の影は俺を追い越し始めた。それからしばらくして、俺のものではないもう一つの影が埃の舞う路面に現れた。足を止めると、気配も立ち止まった。背丈の違う影が、二人並んで止まっていた。

「ここに来るまで待つよ」俺は言った。影でもわかるほど、驚いていた。そして、まるで自分はそこにいないとでも言うように息を殺していた。「全部見えてるんだけど」俺は影を指さした。すぐにちょこちょこと小さい足音が近付いてきた。思わず笑ってしまった。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれていたテヒョンがコンビニで万引きを引き止めた女性と、親密になるきっかけの場面。


075【LYS承’Her’:LOVE】ナムジュン year22.06.30

year22.06.30 ナムジュン

俺の手が自ら意志を持ったかように“開く”のボタンを押すのを、俺は少し疑わしい気持ちで見ていた。いつかもこんな瞬間があった。確かに初めてなのに、数え切れないほど繰り返して来たような気がした瞬間。

閉まる寸前だったエレベーターの扉が再び開き、人々が押し寄せて乗り込んだ。その中に、黄色の輪ゴムで髪を結ぶ人を探した。その人がいることを知っていて“開く”のボタンを押したわけではないが、その人がいるのが当然だという気がした。一歩ずつ後ろに下がった。冷たいエレベーターの壁が背中に触れて、顔を上げるや否や黄色の輪ゴムが目に入った。

後ろ姿は多くのことを語る。俺はそのうちのいくつかを汲み取ることが出来るだけだ。あることはぼんやりと推測だけ出来て、またあることは最後まで理解出来ないまま残される。ふと、後ろ姿で全てが読み取れてこそ、初めてその人を分かっていると言えるのではないかという気がした。もしそうなら、俺の後ろ姿に俺の全てを読み取れる人もいないんだろうか。

顔を上げると鏡の中で視線がぶつかった。咄嗟に目を逸らした。こんなことがよくあった。次に顔を上げた時、鏡には俺の顔だけが見えた。俺の後ろ姿は見えなかった。

⇒ 「黄色の輪ゴムで髪を結ぶ人」はHighlight Reel '起承轉結'で描かれていた歩道橋でチラシを配る女性。輪ゴムで髪を縛っていたことから、彼女も自分と同じように貧困に喘ぐ生活をしているのだと気が付いたナムジュンは、図書館やバスで何度も見かけるうちに次第に彼女を意識するようになります。


076【LYS承’Her’:LOVE】ジミン year22.07.03

year22.07.03 ジミン

そのまま床に横になった。音楽を止めると、周りは一気に静かになり、僕の息遣いと心臓の鼓動以外には何も聞こえなかった。携帯電話を取り出し、昼間に習った振り付けの映像を見返した。映像の中の兄さんの動きは柔らかく、正確だった。それが費やしてきた時間と汗、練習の賜物だということ、まだ始めて間もない僕が欲しがるのは高望みだということはわかっていた。しかし理解と願望は違うもので、僕はしきりにため息をついた。再び体を起こした。ターンは何とか真似出来ても、ステップが何度も拗れた。立ち位置を変えながら動線を合わせるパートで、ずっとミスをしてきた。明日合わせてみることにしたが、その時までにはどうしてもまともに出来るようになっていたかった。「なかなか良いね」そんないたずらな褒め言葉なんかじゃなく、兄さんと呼吸を合わせて踊るときのように、真剣で対等なパートナーとして認められたかった。

⇒ ダンスに没頭するようになったジミンは、ホソクやホソクの幼馴染のお姉さんに対等なパートナーとして認められたいという想いが膨らんでいました。


077【LYS轉’Tear’:YOUR】ジミン year22.07.04

year22.07.04 ジミン

意識が戻った時、僕は必死で腕を洗い流していた。手がぶるぶると震えて、息が上がっていた。腕に沿って血が流れた。鏡の中の目は血走っていた。ついさっきのことが、途切れ途切れに思い出された。

不意に集中が切れた。ダンスチームのお姉さんと呼吸を合わせて踊る振り付けだったが、動線が絡まってぶつかった。ささくれ立った床にひっくり返って腕を擦り剥いた。その瞬間、プルコッ樹木園での出来事を思い出した。すでに克服したと思っていたことだった。しかし、違った。

逃げなければならなかった。洗い流さなくてはいけなかった。見て見ぬ振りをするべきだった。鏡の中の僕は、まだ雨の中を転がるようにして逃げていた8歳の子どものままだった。そしてふと思い出した。お姉さんも一緒に転んだはずだったんだ。

練習室には誰もいなかった。少し開いたままのドアの向こうに、激しい雨が降っていた。ホソク兄さんが雨に降られて走り出すのが見えた。傘を持って飛び出したが、立ち竦んだ。

僕に出来ることは何もなかった。僕なんかに出来ること言えば、転んで怪我をさせて、それなのに自分が怪我をしたことにびくびくと怯えてほったらかしにして、後を追って走り出しても結局立ち止まってしまうことだけだった。振り向いて来た道を戻った。歩くたびにスニーカーに雨水が撥ねた。車のヘッドライトがびゅんびゅんと通り過ぎた。大丈夫ではなかった。いや、大丈夫だった。もう痛くもなかった。この程度では傷とも言えず、僕は本当に何ともなかった。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれている、練習室でジミンとお姉さんがぶつかって転倒した場面。ジミンは過去を克服することが出来ず、何も出来ない自分に猛烈な無力感を覚えます。ジミンのLove Yourself個人ポスターには「嘘をついた 僕なんかを愛するわけがないから」という言葉と共に、雨空を切なく見上げるジミンが描かれています。


078【LYS轉’Tear’:YOUR】ホソク year22.07.04

year22.07.04 ホソク

応急処置をしている間に廊下に出た。夜中なのに病院の廊下は多くの人でごった返していた。雨と汗でびしょびしょの髪から水が滴っていた。頭を払っていると、彼女の鞄を落としてしまった。雑多なものが溢れ出た。小銭がコロコロと転がり、ボールペンやタオルが散らばった。その中に、飛行機のeチケットがあった。しゃがみ込んで摘まみ上げた。

その時、お医者さんが僕を呼んだ。「軽い脳震盪だから、それほど心配しなくてもいい」と言われ、しばらくして彼女が現れた。「大丈夫?」彼女は少し頭痛がすると言って僕から鞄を受け取ろうとした。そしてeチケットが飛び出しているのに気付いて僕の顔を見た。僕はその鞄をもう片方の肩に掛け直して、平然と「早く行こう」と急かした。エントランスを出るとまだ雨が降っていた。ドアの前に並んで立った。

「ホソク、」と彼女が呼んだ。何か言いたげな表情だった。「ちょっと待ってて、傘買ってくるから」雨の中に飛び出した。少し行ったところにコンビニがあった。以前、彼女が海外のダンスチームのオーディションに応募していたことを知っていた。飛行機のチケットを取ったということは、彼女は合格したんだろう。彼女の言葉を聞きたくなかった。おめでとうと言える自信がなかった。

⇒ 076,077のNOTESから繋がる場面。この時のホソクは、ジョングクの事故をみんなに連絡をしたときの返信もせずすぐにお見舞いにも駆けつけない5人に不満を募らせていて、ダンスチームの練習にも参加していません。停滞する不甲斐ない自分自身と比較して、彼女の飛躍を素直に祝うことが出来ませんでした。


079【LYS轉’Tear’:YOUR】ナムジュン year22.07.13

year22.07.13 ナムジュン

バスの窓に頭を預けた。図書館からガソリンスタンドまでの毎日往復する街、飽きるほど見慣れた風景が窓の外を通り過ぎた。果たして、この風景から脱する日は来るのだろうか。明日にでも可能なような気も、望むことすら不可能なような気もした。

前の方に、黄色い輪ゴムで髪を結んだ彼女が座っているのが見えた。ため息をついたのか、肩を思いきりすくめながら腰を降ろしていた。そして、窓に頭をもたれた。もう一ヶ月ほど同じ図書館で勉強し、同じ停留所からバスに乗った。一言も交わしたことはなかったが、同じ風景を見て、同じ時間を生きて、同じため息をついた。ズボンのポケットには、まだヘアゴムが入ったままだった。

彼女はいつも俺よりも三つ手前で降りた。彼女が降りていくのを見送るたびに、またチラシを配りに行くのかと思った。どんな時間を経験しなければいけないのか、どんなことに耐えなければいけないのか。明日なんて来ないような、明日なんてものは最初からなかったような漠然とした気持ちを、どれほど感じるのだろうか。そんなことを考えた。

彼女が降りるべき停留所に近付いた。誰かが停車ボタンを押し、すぐに乗客が席を立った。しかし、その中に彼女はいなかった。ただ頭を窓にもたれたままその場に座っていた。眠っているようだった。起こしてあげるべきだろうか。俺は咄嗟に葛藤した。バスが停留所に到着した。彼女は相変わらずそのままだった。人々が降りて行き、扉が閉まってバスが出発した。

彼女はその後三つの停留所を通り過ぎる間、目を覚まさなかった。俺はバスの出口で、もう一度悩んだ。俺がこのまま降りてしまったら、誰も彼女を気に掛けることはしないだろう。彼女は降りるべきところからずっと離れた場所で目を覚まし、そのせいで今日という日がどんなに疲れる一日になるかわからなかった。

バス停を離れてガソリンスタンドへ向かって歩き始めた。バスはすぐに発車して、俺は振り返ることもしなかった。彼女の鞄の上にヘアゴムを置いたが、それしか出来なかった。それは始まりではなく、だからと言って終わりというわけでもなかった。最初から何もなく、何かがある理由もなかった。本当に何でもないことなのだと自分に言い聞かせた。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれている、バスで寝過ごす女性の手元にヘアゴムを置く場面。ナムジュンのLove Yourself個人ポスターには「後姿だけを見つめてる 今はその時じゃない」という言葉と共に、バスに揺られるナムジュンの姿が描かれています。


080【LYS承’Her’:LOVE】ジョングク year22.07.16

year22.07.16 ジョングク

窓際に立って携帯から流れる歌に合わせて少しずつ歌った。すでに一週間が経って、もう歌詞を見なくても一緒に歌うことが出来た。片方のイヤホンを外して自分の声を聴きながら練習した。「綺麗で好きだ」という歌詞が恥ずかしくて僕は照れて頭を掻いた。7月の日差しが大きな窓から差し込んだ。風が吹いているのか、緑の木々の間を縫って少しずつ揺れながら輝き、その度に僕の頬に落ちる日差しの肌触りも変わっていった。目を閉じた。閉じた瞼に広がる黄色い光と青の色彩を見ながら歌った。歌詞のせいか日差しのせいか、心の奥で何かが膨らんでむず痒くひりひりした。

⇒ 花様年華 THE NOTES 2巻末の挿絵の中に、ジョングクがスマートフォンで聴いていたプレイリストが公開されています。どれも架空の曲ですが、そのプレイリストの1曲目は『I still believe(まだ信じてる)』。


081【LYS轉’Tear’:YOUR】テヒョン year22.07.17

year22.07.17 テヒョン

脇腹が引き裂かれるように痛んで汗が滴り落ちた。線路の脇、コンビニの裏の空き地、高架下のどこにもあの子はいなかった。バス停まで走ったが、見つからなかった。バスを待っている人たちが怪しむように俺を見ていた。どうしたんだろう?会う約束をしたことはないが、不思議だった。彼女はいつもどこかから突然現れて、ちょこちょこと後をついてきた。面倒だと言っても無駄だった。それなのに、一緒に過ごしたどの場所にも彼女はいなかった。

見慣れた壁の前に辿りついて立ち止まった。一緒に描いたグラフィティだった。あの子が初めて描いたものでもあった。その上に大きな✖印が描かれていた。あの子が描いたものだと、見ていたわけでもないのに理解した。「どうして?」返事があるわけもなく、代わりに壁の上にいくつかの残像が重なった。

線路に横になって、頭をぶつけて痛がる俺を見て笑っていた姿。逃げるのを助けようとして転んだ俺を起こしてくれた手。パンを横取りして齧った俺に腹を立てた顔。家族写真が飾られた写真館の前を通るたびに曇った表情。通り過ぎていく学生たちを無意識に追いかけていた視線。この壁に一緒にスプレーを振り掛けながら俺が言った「何か辛いことがあったら一人で悩まないで、何でも言ってよ」という言葉。その全ての記憶の上に、✖印が残されていた。

全部偽物だと、嘘つきだと言っているようだった。思わず拳を握った。「どうして?」やっぱり返事はなかった。振り返って歩いた。俺もあの子も、また一人になった。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれていた警察から逃げきれずに降伏した場面から繋がるNOTES。テヒョンのLove Yourself個人ポスターには「離れていかなかったのかな 僕が違う選択をしていたのなら」という言葉が書かれています。


082【MOS:7】ジミン year22.07.18

year22.07.18 ジミン

僕はコンビニの近くをふらついて時間を潰した。ソンジュ第一中学校の裏手。この塀を乗り越えてこっそり学校を抜け出したり、コンビニの向こうにある小さな公園で兄さんたちを待ったりもした。周囲を見回した。久しぶりに訪れたこの場所は、ほとんど変わっていなかった。

ユンギ兄さんとジョングクの家がこの近くだということも思い出した。辺りをきょろきょろと見回していると、右側の路地の中にグラフィティのようなものが見えた。テヒョンが描いたもののようだった。そっちに向かって歩き出した。

絵の前で思わず立ち止まった。黒々とした線が走り回るようにして描かれているそれは、温もりのない誰かの顔だった。誰かと言ったが、僕にはわかっていた。その顔はソクジン兄さんのものだった。兄さんを思い出した途端、また別の誰かの顔が重なった。よくよく見れば似ても似つかない顔だった。それなのに、その二人の顔が全く同じに見えた。二人は同じ目をしていた。魂の宿らない瞳。その時になってやっと、僕が誰を訪ねるべきなのがわかった。

⇒ テヒョンのアルバイトが終わるのを待っているジミン。046のNOTESでテヒョンが描いたグラフィティが登場することから、ソクジンが【花様年華】の記憶を失った後の世界線であるとわかります。
花様年華 THE NOTES 2では、この後ジミンは病院を訪れていることから、壁に描かれたソクジンの顔と重なった「また別の人の顔」は精神病棟に入院し続けているウ・ヒョンソンであると推測できます。


083【MOS:7】ナムジュン year22.07.18

year22.07.18 ナムジュン

その建物を見上げると、あちこちに明かりが付いていた。市役所の近くにあるからか、会計事務所や法律事務所の看板が多かった。そして一番上の5階には、全ての部屋に明かりが灯っていた。ここ数週間、テヒョンと俺はソンジュのあらゆる高いビルに昇ってみた。何を探しているのかは、俺たちにもわからなかった。手掛かりはテヒョンが見た夢だけだった。

夢で見た缶コーヒーの看板と四葉のクローバー、この二つの手掛かりだけを持って俺たちは夜通し建物を昇り降りした。そのうち何日かは雨が降っていた。始めは傘を差して建物を探していたが、すぐにびしょ濡れになった。そんなことをしているうちに、厄介ごとにも巻き込まれた。ずぶ濡れのまま建物の階段を昇ろうとしたとき、不良少年に間違われて追い出されたりもした。屋上へ続く鉄の扉は閉ざされていることも多く、階段の窓からは確認出来なかった。

もう一度その建物を見上げた。結局、これを探さなければいけなかったのだと思った。窓には見慣れた名前が書かれていた。〈国会議員キム・チャンジュン事務所〉「これ、誰ですか?」テヒョンが聞いた。「知らないのか?」テヒョンを振り返った。テヒョンは真っ直ぐで無邪気な、何も知らないという目で俺を見つめていた。キム・テヒョンには、たまにこんな風に困惑させられることがあった。どうしてそんなことも分からないのかというようなことを、キム・テヒョンは堂々と知らなかった。あまりにも恐ろしくて見ていられないものを、キム・テヒョンは躊躇わずに覗き込んだ。誰もが手を差し伸べられずにいるとき、キム・テヒョンは頑としてその手を離さなかった。俺は答えた。

「ソクジン兄さんのお父さんじゃないか」

⇒ 花様年華 THE NOTES 2で展開される、テヒョンの夢を頼りに”何か”を探して街を駆け巡る場面。「クローバーの看板」は033のNOTESでホソクの部屋から見える風景の中にも登場していました。


084【LYS結’Answer’SELF】ナムジュン year22.07.20

year22.07.22 ナムジュン

雑誌の広告面をパラパラと捲りながら頭を上げた。向かいのテーブルの窓際には、もう何日も別の顔が座っていた。分厚い本も、大きな鞄も、白い紙コップも似ていたが彼女ではなかった。また雑誌に視線を落とした。同じページを、もう一時間以上見続けていた。考えが何度も反復して文字がなかなか目に入らなかった。俺はなぜここに座っているんだろうか。答えは浮かばなかった。俺は本に熱中している人々の中で無気力に捕らわれたまま、まごついているだけだった。何でもいいから行動しなければという焦りはあった。このままではいけないというのも正しかった。

雑誌を返却して、本棚の間を歩いた。俺の背よりも高い本棚には、所狭しと本が並んでいた。開けられた窓から入ってくる風で、本の匂いと埃が空気中に舞い上がった。高校時代を思い出した。友人たちとアジトの教室で遊んでいた頃。その時に読んでいた本からも、こんな匂いがしていた。”今の自分”は”あの頃の自分”から少しでも成長しただろうか。すぐには頷けなかった。もしかしたら、俺の全てはあの頃のあの時間で止まっているのかもしれない。反対側の本棚に足を運んだ。そして、あの頃に俺が勉強していた本を手に取った。やり直さなければならなかった。あの時諦めてしまったものから、一つずつ。

⇒ 姿を見掛けなくなった「黄色の輪ゴムで髪を結んだ女性」を気にしながら、図書館で高校時代を回想する場面。


085【MOS:7】テヒョン year22.07.23

year22.07.23 テヒョン

俺たちは”俺たちの教室”に入った。携帯電話のフラッシュライトの下に、古い机と椅子の間に置かれているイベントのプラカードが現れた。誰も通わなくなった教室は、さらに廃れていた。周囲を見回した。ここで何が起きたのだろうか。ジミンは壁の前にしゃがみ込み、ユンギ兄さんはピアノの椅子に腰掛けた。ナムジュン兄さんが指で窓に何かを書いていた。

「高校の時みたいだね。こんな風に夜中に学校にいるなんて」しばらく経って、ナムジュン兄さんがそう言った。「高校なんて、もうごめんだ」ユンギ兄さんがにやりと笑いながら返した。「世の中って、どうしてこんな風なんでしょう。この世界って俺たちが作ったものじゃないじゃないですか。生まれてみたら、もうこんな世界だった。それなのに、なんで俺たちは何の手立てもなくこの世界に放り出されて生きて行かなくちゃいけないんでしょう」ナムジュン兄さんが言った。

「あっ、ちょっとここ見てください」ジミンが立ち上がりながら言った。「ソクジン兄さんのお父さんの名前がある」ジミンが指差すところに近付いた。壁に描かれた落書きの中に何人かの名前があった。フラッシュライトでその名前を照らした。ジミンはまた別の名前を指差しながら言った。「精神病棟のおじさんだ。他の名前はわからないけど」ユンギ兄さんがまた別の名前を指した。「行方不明のチェ・ギュホだ」その名前の下に書かれていた文章をナムジュン兄さんが読み上げた。「〈全てはここから始まった〉」

⇒ 073のNOTESでのチャットルームのやり取りのあと、5人はそれぞれに”魂の地図”について探り、7人の学生時代のアジトである倉庫の教室に辿り着きました。教室の壁に残された落書きは、017のNOTESでソクジンが見つけていたもの。ソンジュの再開発計画の中で養護施設の立ち退き問題が浮上し、”魂の地図”どころではなかったホソクは不在です。


086【MOS:PERSONA】ジミン year22.07.24

year22.07.24 ジミン

コンテナの近くに着いたのは、約束の時間よりも少し前だった。ジョングクの退院を祝う会だったが単にそれだけではなかった。ソクジン兄さんに話したいことがあった。兄さんにとって重要な話でもあり、同時に兄さんのことを良く思えないような気分にもなった。僕はコンテナに入らずに線路に沿ってもう少しだけ歩いた。一度電車が通り過ぎると、風が勢いよく吹いた。人々で溢れていたプラットホームが再びガランと空いた。そうしている間に約束した時間を過ぎてしまっていた。振り返って息を深く吸い込んだ。

コンテナにはまだ誰もいなかった。夏の太陽に熱された空気が、待ってましたと言わんばかりに押し出されてくるだけだった。約束の時間に10分も遅れた僕が一番最初に到着していた。みんなどうしたんだろう。何か急な用事ができたのだろうか。ここには向かって来てるのかな。扇風機を付けてコンテナの中を見回した。久しぶりに訪れたナムジュン兄さんのコンテナは、パーティーという言葉が似合わないくらい物静かだった。机の引き出しから紙を探してきて、ボールペンで〈ジョングク退院おめでとう〉と一文字一文字大きく書いてコンテナの壁に貼り付けた。それだけでは淋しい気がしたけど、何もないよりはマシだった。

チャットルームでみんなが向かっていることを確認している間にさらに10分くらい過ぎた。開けっ放しのドアの外を電車が通って、コンテナが振動した。ガタガタと震える景色を眺めて、病院のドアを開けて走り出した時のことを考えた。兄さんたち、テヒョンとジョングクがいなかったら、僕はあのドアを開けて出てくることが出来たのだろうか。例えドアが目の前にあって、そのドアが開かれていたとしても、みんながみんな出てくることが出来るわけではない。もしかしたらソクジン兄さんも、そんな風にどこかに閉じ込められているのではないだろうか。ドアを叩いてくれる誰かを待っているのではないか。確かなことは何一つなかった。本当に役に立つのかもわからなかった。それでも、僕たちが手探りで見つけたものが、ほんの少しでもヒントになるなら。そんなことを考えていると、コンテナのドアがカッと開かれた。ユンギ兄さんが入ってきた。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'の世界線では、花様年華 THE NOTES 1に「ジョングクの退院パーティにはジミンとテヒョンしか集まれなかった」という記載があり矛盾していることから、このNOTESはソクジンが【花様年華】の記憶を失った後の世界線であるとわかります。
 「ソクジン兄さんに話したいこと」とは言うまでもなく、”魂の地図”について。5人が”魂の地図”探しをしている085のNOTESと同じ世界線です。「病院のドアを開けて走り出した時」はEuphoria054のNOTESで描かれています。


087【MOS:7】ホソク year22.07.24

year22.07.24 ホソク

「ソクジン兄さん、兄さんのお父さんに一言でも話してもらえませんか?兄さんは知ってるじゃないですか!あそこが僕にとってどんな場所なのか。養護施設は僕の家です。それに、あそこにいる子どもたちは、養護施設がなくなればみんなバラバラになるんです。再開発は、養護施設を避けても出来るじゃないですか!」コンテナに入るや否や、前後の説明もなく捲し立てた。みんなが驚いた目で僕を見ていた。ソクジン兄さん一人だけ、何の表情の変化もなかった。僕はほとんど涙ぐんでいたのに、兄さんは平然と僕を眺めていた。

「もう全部決まったことだ。僕に出来ることはない」兄さんの一言一言が僕に圧し掛かった。その言葉は、兄さんと僕との間にどれだけ明確な線が引かれているのかを示していた。兄さんは決定する側の世界に属していて、僕はその決定に抗議することすら許されない世界に属していた。僕はソクジン兄さんを友人だと思っていたが、もしかしたら、この世界では兄さんと僕の友人関係なんて成り立ち得ないのかもしれないという気がした。

僕は兄さんに対してさらに怒りをぶつけた。「こんなことがあり得ますか?」と叫び、「助けてよ!」と懇願した。しかし、そうしながらも頭では分かっていた。それでも、そう訴えることくらいしか僕には出来ることがなかった。だからこれは兄さんへの言葉、兄さんへの怒りなんかではなく、僕自身に向けたものだった。何も出来ない、何者でもない存在の僕に対して。

⇒ 養護施設の立ち退き問題についての記載があることから、ソクジンが【花様年華】の記憶を失った後の世界線であるとわかります。この時ホソクが感じた「明確な線」は、物語の後半まで尾を引くことになります。
 また、花様年華 THE NOTES 2にも同日のNOTESがありますが、このNOTESでの二人のやり取りよりもさらに心の距離を感じる内容で、タイムリープを繰り返すたびにどんどんと冷たくなっていくソクジンが表現されています。


088【MOS:PERSONA】ジョングク year22.07.24

year22.07.24 ジョングク

コンテナの壁に〈ジョングク退院おめでとう〉と書かれていたが、そんな雰囲気ではなかった。狭いコンテナの中は、不思議な緊張感が破裂しそうなほど膨らんでいた。思い返してみると最近はいつもそうだった。

ソクジン兄さんが外に出て行ってしまったのは一瞬の出来事だった。テヒョン兄さんが慌てて後を追って、他の兄さんたちも目配せをしていた。テヒョン兄さんが何度も引き留めていたが、ソクジン兄さんは聞く耳を持たないようだった。僕は兄さんたちの後ろからソクジン兄さんが車に乗り込む姿を見ていた。

車は軽くバックしたあとハンドルを切った。コンテナから漏れ出た明かりが車体を照らした。バンパーに残った事故の跡が少しの間見えたあと、闇に葬られた。それを見ても不思議と何も感じなかった。すでに知っていたことを確認したに過ぎなかった。手に取るようにそこにある事実を目の当たりにしても、複雑な気持ちになったり、ショックを受けたりすることは一切なかった。実際そんな感じではなかった。

闇の中に消えたソクジン兄さんの車に、あの日の夜、僕に向かって近付いてきたヘッドライトの光が重なった。ふっと身体が浮び上がり、唾を飲み込むことも息をすることも出来なかった瞬間。突然全身が発作が起きたかのように揺れ動いたときの恐怖。意識が散乱して感じた耐え難いほどの寒気。死の影。その狭間で見た、車のバンパーに残された事故の跡。

コンテナの中に入った。〈ジョングク退院おめでとう〉ジミン兄さんの文字を見上げて椅子に座った。ふと事故で怪我をした足がツーンと痛んだ。兄さんたちはなかなか入ってくる気配がなかった。何か、僕の分からない話をしていた。

⇒ ジミンの書いた張り紙が登場することから、086のNOTESと同じ世界線の出来事であると推測できます。ソクジンの車の傷は、実際にはソクジンが運転中の激しい頭痛のせいでガードレールにぶつけてしまったときのものでしたが、ジョングクの疑念を膨らますには十分な証拠となってしまいました。「僕の分からない話」は”魂の地図”の話。


089【MOS:7】テヒョン year22.07.24

year22.07.24 テヒョン

どれだけの時間、ここに座っていただろう。誰かが3階の廊下に出ているのが見えた。距離があって顔は見えないが、瘦せ型の中年女性のようだった。女性は廊下の手すりに両手を置いて公園を見下ろしていた。そして煙草に火を点けた。ライターの火花がチラッと光って消えた。青い夜明けの空気に煙草の煙が溶けた。

俺は微動だにせず、その姿を見上げていた。日が昇ろうとしているのか、辺りはほの白く明けて来ていた。女性は欄干に腕を掛けて外を眺める姿勢のまま一本の煙草を吸い終わり、もう一本取り出して咥えた。

「あの人も俺を見ているだろうか」ふとそんなことを考えた。遠くに俺の姿が見えて、こんな夜明けに誰かが公園のブランコに乗っているのを見て何を考えただろう。ブランコが軋まないように両手と脚に力を入れて支えた。煙草の光が点いたり消えたりを繰り返した。日が昇っていた。

明るく浮かび上がる日差しを浴びて、女性は最後まで煙草を吸った。そして、振り返って部屋の中へ消えた。俺は廊下の左からドアの数を数えてみた。304、305、306。あのドアは母が住む部屋だった。

⇒ 退院パーティがあった日の夜の出来事。Highlight Reel '起承轉結'の世界線では、花様年華 THE NOTES 1に「テヒョンと姉の様子を見に来た母親が、暴れる父親を警察に通報する」描写があり矛盾していることから、このNOTESはソクジンが【花様年華】の記憶を失った後の世界線であるとわかります。
花様年華 THE NOTES 2には、”魂の地図”を探す過程でソクジンの父親の学生時代を知るテヒョンの叔父を訪ねた際に、母親の現住所が書かれたメモ書きを手渡される描写があります。


090【LYS轉’Tear’:YOUR】ジョングク year22.07.26

year22.07.26 ジョングク

病院の花壇でこっそり花を摘み取った。思わず笑みがこぼれて俯いた。真夏の日差しがまぶしく砕けた。病室のドアを叩いても返事がなかった。もう一度叩こうとしたが、ほんの少しだけ開いていた。病室の中は何だかひんやりとしていた。そして、誰もいなかった。静かな暗闇の底にいるようだった。
病室を引き返した。うんざりした気分で車椅子を押して廊下を横切っているとき、その子に出会った。急に現れて何とか立ち止まると、髪を一つに束ねた女の子が立っていた。病院を出ると、すぐそこにベンチが見えた。いつの日か一緒にここに座って音楽を聴きながら絵を描いたことを思い出した。それから、あの屋上で苺ミルクを分けて飲んだりもした。手には摘んだ野花を握ったままだったが、もう必要のないものになった。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'で描かれている、退院後、入院中に親しくなった女性に花を摘んでいく場面。「摘んだ野花」はホワイトレースフラワー、韓国では아미초(アミ草)と呼ばれる花でジョングクのLove Yourself個人ポスターにも描かれています。


091【LYS結’Answer’:SELF】ジョングク year22.07.26

year22.07.26 ジョングク

振り向くと、病院からはかなり遠ざかっていた。野花を置いてきたベンチも、あの子と川を眺めた窓も、もう見えなくなっていた。思い返してみると、彼女はもどかしかった入院生活で息をつける存在だった。夕方になって、病院のベンチに座ってあれこれ話をしているといつの間にか日が暮れていた。僕は学校のアジトで遊んだことや、海に旅行に行ったことを話して、駅まで歩いて行ったことも話した。彼女は病院のことを隅々まで教えてくれた。どの窓を覗けば川が見えるのか、その階段を昇ればバレずに屋上まで行けるか。彼女はこの病院のことは何でも知っていた。

彼女の病室は空いていた。退院したのか、他の病院に移ったのか。看護師のお姉さんたちに聞いてはみたが、よくわからなかった。心の片隅に物足りなさを感じた。向き直してまた歩き始めた。遠くに学校が見えた。そう言えば、彼女にした話はどれも兄さんたちとのことで、僕の話はほとんど「兄さんたち」で始まっていた。兄さんたちは、いつも一人だった僕の友達で、家族で、先生だった。僕の話はどれも兄さんたちの話の中にあって、僕は兄さんたちとの関係の中だけに存在していた。

だけど、いつからかこんな風に考えるようになった。いつか兄さんたちが僕の傍にいてくれなくなる日が来るかもしれない。ある日訪ねると兄さんたちはいなくなっていて、誰も理由を教えてくれないことがあった。もしかすると、それ以上のことが起こるかもしれない。

僕はあの夜を思い出した。大きな月が夜空に浮かんでいた姿、ひっくり返った世界、逆さまになった景色の中に溶けていったヘッドライトの光、僕を通り過ぎて消えていった車の形、テールランプの赤い光、なんとなく聞き慣れたエンジン音…。余計な憶測はしたくなかった。それなのに、しきりにあの瞬間が思い出された。

⇒ 090のNOTESから繋がる場面。Highlight Reel '起承轉結'の世界線では、ジョングクはソクジンや他の兄たちを疑いながらも、「余計な憶測はしたくなかった」とあるように心の奥底にはまだ6人を信じたいという想いが残っている様子が描かれています。


092【MOS:PERSONA】ジョングク year22.07.26

year22.07.26 ジョングク

気が付くとバス停だった。どれほど歩き回ったのか、病院はもう見えなくなっていた。バスを待って、そのまま乗り込んだ。あの場所へ向かうバスだった。計画していたわけではないが、もしかすると心の奥底では分かっていたのかもしれない。僕はまた、あの場所へ行く必要があった。そこで起きたことの意味を確認しなければならなかった。窓の外を過ぎていく夏の天気を眺めながら考えた。兄さんたちを信じることが出来るだろうか。

僕が降りるとバスはすぐに発車した。土埃が立ち込めた。事故の現場までゆっくりと歩いた。あの夜を思い返した。大きな月が夜空に浮かんでいた姿、ひっくり返った世界、逆さまになった景色の中に溶けていったヘッドライトの光、僕を通り過ぎて消えていった車の形、テールランプの赤い光、なんとなく聞き慣れたエンジン音…

あの日のようにアスファルトの道路に横たわった。頭を付けて空を見上げた。日は落ちていたが、月は見えなかった。静かな道だったが、車が走って来てもし僕に気が付かなかったら、また事故に遭うかもしれない。そう考えながらもう一度自分に問いかけた。兄さんたちを信じることが出来ないなら、僕は誰を信じるべきだろうか。

⇒ 090,091のNOTESと同じ日付ですが、ジョングクの心境が大きく異なります。091のNOTESと比べすでに6人を信じていないような描写が続くことから、このNOTESは花様年華 THE NOTES 2で展開される世界線であると推測できます。


093【LYS結’Answer’:SELF】ジミン year22.07.28

year22.07.28 ジミン

今日も練習室に一人で残っている。12時を過ぎて、バスはすでに止まっていた。実は終バスがなくなるこの時間を待っていた。そうなれば練習室を完全に独り占め出来るから。みんなで練習をしているときは、自分の出来ない部分ばかりが気になった。そのことで焦って、怖くなった。それでも何とかやり遂げたかった。だから毎晩一人で居残りをした。

そうやって毎日が過ぎて、不思議と怖いという気持ちは消えていた。踊ることがとても面白いという事実、ただそれだけが残った。長い間、僕は自分の頭の中で作り出した小さくて弱くて無力な僕が、本当の僕なのだと信じてきた。踊りながら、僕の身体の質量や腕の長さ、僕が作り出せる速さや力強さを絶えず意識出来るようになった。踊っている僕は小さくも弱くもなかった。ダンスの実力は練習すればするほど上がっていった。ぎこちなかった動きも、数え切れないほど繰り返せば、最後には出来るようになった。僕は成長していた。爪が伸びるほどの速度だとしても、それでも進歩していた。僕がかなりお喋りだということも分かった。ダンスをするとこれまで言えなかった、言わなかった話を吐き出せるような気がした。ダンスを始めて、僕は初めて自分を好きになった。

⇒ 063のNOTESでは「今の僕には、したいことも出来ることもなかった」、077のNOTESでは「僕に出来ることはなかった」と、自分の無力さについて繰り返し考えていたジミンに心境の変化があった様子が描かれたNOTESです。


094【LYS結’Answer’:SELF】ユンギ year22.07.29

year22.07.29 ユンギ

ギターを弾いて一緒に演奏してくれる人がいなくなってから、そのメロディーをしきりに思い出すのはなぜだろうか。俺はソファーに埋もれて横たわったまま、そばに置かれたピアノを眺めた。高校を退学になって、母のピアノの鍵盤を捨てたことがあった。火事で倒壊した家から持ち出された唯一の物、焼け焦げた鍵盤をアパートの窓から力いっぱい投げ捨てた。それで終わりだと思った。二度とピアノは弾かないと繰り返し決心した。

エレベーターを待つことが出来ずに階段を駆け降りたのは翌日の明け方だった。少し寝入っただけだと思ったらもう日が昇っていた。ふと昨夜のことが思い出された。窓の下の花壇には何もなかった。「ゴミ収集車ならついさっき行ってしまったよ」と警備員のおじさんが言った。俺はそうやって母のピアノの鍵盤を失ってしまった。

その日以降も、俺は数え切れないほど音楽を諦めた。もうしない、もう二度と戻ってこない、音楽なんてなんでもない。けれどそんな風に逃げるときでさえ、俺には分かっていた。結局、足を踏み外しそうになりながら階段を駆け降りたあの時のように、再び音楽を始めることになるだろう。俺にとって音楽は、そういう対象だった。音楽の中にいるのは辛かったが、その分自由だった。混乱するのと同時に明瞭だった。恐怖と自信、希望と絶望、全ての相反する感情の中で、俺はやっと生きていると感じるようだった。

ふとピアノが弾きたくなった。そうやって、強がったふりをしていても、実は怖がりで卑怯な自分に会いたくなった。悪口を浴びせて、皮肉って、傷付けたり殴って壊したり、抱き締めたりして泣きたかった。そして、逃げ出したくなかった。ギターとピアノで紡いでいたそのメロディーを完成させたかった。今度こそ、出来るかもしれないと思った。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'の世界線で、ユンギは酔って繁華街を放蕩していたところをホソクに叱責され、高熱にうなされた後再び音楽と向き合えるようになります。
 いなくなってしまった「ギターを弾きながら一緒に演奏してくれる人」はジョングクの事故を知った071のNOTESで口論になってしまった共同制作者の女性。「母のピアノの鍵盤を捨てた」日の詳細は023のNOTESに記載があります。


095【MOS:7】ホソク year22.07.31

year22.07.31 ホソク

ハゴクの第一印象はソンジュと似ていると思ったが、少しだけ活気に満ちていた。僕は忙しなくホームから出て行く人たちの後に続いてふらふらと歩いた。だらだらと動くのは僕らしくないことだった。それなのに、僕は人々の流れを邪魔するほどゆっくりと歩いた。

まるで、チョン・ホソクらしいことは絶対にしないと誓ったかのように振舞った。周りの人に配慮せず、好き勝手に動いた。普段なら食べないような辛いものを食べて、会計の時になっても「ごちそうさま」の一言も言わなかった。周りに誰もいないときには、道に唾を吐いてみたりもした。

ネットで地図を見ながら、出店予定の場所に辿り着いた。高校近くの商業ビルの1階だった。隣には文具屋があり、24時間営業のキンパ屋もあった。笑ってしまうほどソンジュのツースターバーガーと似たような立地だった。もしここに異動になったら、どの辺りに部屋を借りればいいだろうか。周辺を見て回っている途中、すれ違った誰かと肩がぶつかった。「すみません、」思わずそう言いかけて堪えた。訳もなく目に力を込めて、相手を非難の目で見た。「ちゃんと前見て歩いてくださいよ」ハゴクのチョン・ホソクは、どんな時も自分勝手で暴れん坊で、狂人で間抜けだった。僕は少しの間そう勘違いしたままでいた。「ホソク先輩、ですよね?」知っている顔だった。

⇒ Highlight Reel '起承轉結'の世界線では、花様年華 THE NOTES 1に「挫いた足の病気休暇中に偶然訪れたハゴクの公民館で、怪我で引退した元ダンサーの男性と出会う」展開が描かれているのに対して、花様年華 THE NOTES 2では「ハゴクの街で中学時代のダンス部の後輩に声を掛けられる」展開があります。ホソクはツースターバーガーの優秀社員にも選ばれ、直営店である新店舗への異動を打診されています。


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お疲れ様です。
根気よく読んでくださってありがとうございました!

残り10個なので最後まで駆け抜けてもよかったんですが、時系列整理記事の区切りとの兼合いで一旦ここまでにしておきます。


最後になる第四弾の記事では、096(year22.08.02)~105(year22.08.30)のNOTESを整理します。次回の記事で、現時点で公開されているmini版のNOTESの最後の日付までご紹介できる予定です。

新しいアルバムにTHE NOTESが封入されてたらどうしよう・・・その時考えます! 無事、封入されませんでした!



〈次回〉

※更新はTwitter(@aya_hyyh)でもお知らせします。


※和訳まとめの次回記事はこちら※

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ありがとうございます💘