「その人」のその後
※これは、このお話の後日談です。
私は、ゆっくりと夢から覚める。
陽射しは部屋を明るく照らして、小鳥のさえずりが賑やかで。
かたまった身体を伸ばしながら、ボンヤリと目を開ける。
南枕で、なんだか楽しい夢を見ていた。
鳴ることのない目覚ましは、すっかり置き時計と化している。
とても賑やかで、そしてとても静かな朝。
さあ、今日は何をしようか。
そう考えながらリビングに入る。
喉の乾きを果物で潤し、今日やりたい事リストを心の中で組み立てていく。
お天気が良ければ洗濯をして
お天気が悪ければ床を拭く
観葉植物の葉っぱを拭いて
お腹が鳴ったら、何を食べたいかをお腹に聞いてみる。
そしてふと、私は思い出す。
薄氷の上で仮面をつけ、ドヤ顔をしながら踊っていた、あの頃の俺のことを。
あの頃は、如何に派手に綺羅びやかに踊って見せるかに、一生懸命だった。それが世界の理だとさえ信じて疑わなかった。
だけど心の中では、いつ割れてしまうかも分からない足元の氷の薄さに、常に恐怖で怯えながら、それを感じないように懸命に誤魔化していた。
表面の派手さや綺麗さを取り繕うのに忙しかった。
だってそうしないと、誰かもわからない誰かが、厳しく「俺」を責め立ててきていたから。
そんな過ぎた日々を思い返しながら、私は静かに今を感じる。
なにもない
けれどすべてが満たされた日々。
自分の世界を明け渡していた俺
と
自分の世界の中で生きている私。
悲しみに暮れていた本当の私である「その人」を抱きしめて、私は育ち直した。
封じ込めてきたその人を心の中から救い出して、誰かもわからない厳しい仮面を心から追い出した。
そして今思う。
私が私でただあるだけで
世界はなんと満たされているのだろうと。
ダメだダメだと思っていた自分は、ただ私という個性なだけだった。
いつから、ゆっくり食べる事がダメな事として扱われるようになったのだろう。
それは一体、誰が決めたのだろう。
私が私として生きるという事は、ただゆっくりと食事を摂るということ。
効率よくサッと済ませることではなく、ゆったりと味わいたい自分の性質をただ、尊重する事だった。
毎日が、とてもシンプルに彩られていく。
ただ、私が私という個性の中で、優しく満ちていく時間を過ごす。
その足元には柔らかいふかふかの地面と、可愛らしい草花があり、空には優しく照らす太陽と月と、雲を動かす風が吹いている。
静かな世界が心のなかに満ちて、やがて
小さな美しい音色に彩られてくる。
あの頃の「俺」は私の記憶の中に息づいていて、
「その人」はやっと安心して微笑めるようになった。
その静かな世界を
そっと拡げていこう。
あなたとともに。
あなたとともに。