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月下で恋を歌う 弍

前回

翌日。
教室に入ると俺の席に誰かがいることに気がついた。カバンをロッカーに入れ、席につこうとすると待ってましたとでも言うように話しかけられた。

「星! 頼みがあるんだけど…」

彼は、如月 光希。俺と同じ月の使いの1人。
俺以外にもこの学校にいるとは聞いていたんだが、真逆隣のクラスだとは。しかも、俺のいわゆる幼馴染…いや、腐れ縁か?

「断る」

「まだ何も言ってないじゃん!」

此奴の頼みだ、ろくでもないことに違いない。月の都で一緒に働いていたときも、こうやって厄介事を持ってくることが度々あった。

「話くらい聞いてくれてもいいじゃんか…」

そう言って、俺の目を見つめる。此処で無視しても更に面倒になるだけか。露骨に溜息を吐き、呟いた。

「分かった。聞くだけ聞いてやる」

普段は大人しいと思われているのか、命令口調で言うと周りが少しざわついた。隣とはいえ、クラスの中心と言っても過言ではない光希と知り合いなのも意外なのか?

その、光希の言う頼みとは、ざっくり言うと文化祭のステージに出てほしいんだと。彼は軽音部の部長で、ボーカルの人がステージに立てなくなったとか。確かに俺は、月にいた頃もよく歌っていたが。

「断る」

目立つことが嫌いなことを知っているくせに、何故俺に頼むんだ。

「頼むよ! 星の歌声がまた聞きたいんだよ」

歌を褒められるのは嬉しいけどな。周りからの視線が集まっていることに気がつく。ボーカル無しでは、軽音部は成り立たない。

「……考えとく」

そう言うと彼の目がきらきらと輝いた。いや、あくまでも考えておくって言っただけだ。

「ほんとか!? じゃ、放課後すぐに部室に来て」

此奴、話を聞いていたのか?
そんなこんなで始まった1日だったが、何故か今日は授業があっという間に終わった気がした。俺の流れが時間よりも速く流れたようだった。


**


あそこまで期待に満ちた目をされたらな…。大して用事もないし、軽音部の部室に足を向けた。つくづく俺も甘いな。

部室は地下にあり、小さな音楽室といった感じだった。違う点を挙げるなら、机と椅子、ピアノの代わりにギターやベースがあることか。俺が部室に入ると、真っ先に光希が駆け寄ってきた。

「来てくれるって信じてたぜ!」

内心溜息を吐きたいところだが、ぐっと堪えて彼に聞いた。

「取り敢えず、何の曲をするのか教えてくれ」

部室内には、俺と光希の他に睦月がいた。結構少ないんだな。まぁ、この学校の生徒数が少ないうえに、部活は何故か多いから仕方ないのか。

差し出された楽譜に目を通す。ドラマの主題歌やCMソングと誰でも知ってる曲、勿論俺も知っているものが2曲。
あとひとつは俺が知っているものではなかった。ずべこべ言っている場合でもないか。

光希に楽譜を返す。

「この曲、昔一緒に歌っただろ? 1回合わせてみるぞ」

俺の腕が落ちている可能性もあるし、昔の感覚を取り戻したい。彼は明るく返事をし、ギターを手にする。俺が歌う上で1番大事にしていること、それは誰に向けて、どう歌うかを考えることだ。

独りよがりで、気持ちのない歌は誰にも届かないからな。マイクを借り、軽くマイクテストをする。
希に視線で合図を送ると、スピーカーからギターの音色が響いてくる。楽器の腕は落ちていないと見えた。

すうっと息を吸い、ギターの音色に声を乗せる。月で歌った時に月夜様に、褒めてもらった曲だ。月夜様は簡単に褒めたりしないから、嬉しくて何度も歌った覚えがある。かなり有名なラブソングで、歌詞もすんなり入ってくる曲だ。

この曲の主人公はどんな気持ちなんだろう、俺が描く主人公を歌う。歌は人の数だけ違うと言っても過言ではないだろう。1番だけ歌い、ギターの演奏は終わる。

終わった瞬間、部室内の時が止まったような感覚に襲われた。数秒後、拍手が響き渡った。

「さっすが! 昔と変わってなくて、なんか安心したぜ」

「凄い…あんなに優しい声で歌うんだね! 感動した」

誰かに認められるのは悪くない。少し口元が緩むのが自分でも分かった。光希は肩を組んできて、俺に言った。

「なぁ、ステージでも歌ってくれよ」

久しぶりに歌ってみて、昔の感覚や楽しさを思い出した。自分の中に蘇ってきた。たまにはいいか、目立つのも。

参へ続く

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