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新歓の闇鍋で持っていくものを考え抜いたのに爆死した

一昨日久しぶりに鍋を食べた。出汁のしみ込んだ白菜と軟骨が刷り込まれたつくねをほおばる。そこに白米を口に入れればそこに生まれるのは桃源郷。「冬はつとめて(早朝)」というけれど、僕は夜の鍋のほうが好きだ。

鍋。鍋といえばみんなで囲んで楽しむイメージがある。そういえばあのときも鍋だった。大学1年のときの新歓。ふとあのときの思い出がよみがえり口の中がほろ苦くなった。


大学1年生。この時期にどこに属するかで大学生活が楽しめるか決まる。僕は勇気を絞り委員会に入ることにした。委員会といっても固くない広報誌を作るところだ。この委員会が作った雑誌、どうも真面目なだけでなく遊んだ内容が多い。最初に読んだ記事は、京王線の駅名が入った地名を探して全国を飛び回るものだった。「明大前」を探すために名古屋大学に行くなんてなかなか正気でできることじゃない。全力でふざける姿勢がとても気に入った。

さて、サークルや委員会で最初に行われるのは何か。それが新歓のイベントだ。

最初の会議で告げられた。

「みんなで鍋を作って親睦を深めます」

なるほど。鍋は作るのが簡単だ。それでいてみんなで一緒に同じものをつつくから仲も深まりそう。楽しそうだ。わくわくしてきた。

しかしここは全力でふざける委員会。

「みなさん好きなものを一品持ってきてください」

普通の鍋会ではなかった。

思考が固まった。これ何を持っていけばいいんだ。もしかしてこれは闇鍋っぽいやつか。変なものを持ってくる人なんているのかな。まさかな。

「なんでもかまいません」

間違いない。これは変なもの持ってくるのが期待されている空気だ。さてどうするか……。

考えないと。まず自分の立場を確認しよう。僕はピカピカの新人だ。じゃあもし新人が変なものを持ってきたらどうなるか。例えばあんことか。

先輩はこう思うだろう。

「なんかヤバい新人が入ってきた……」

うん、却下だ。じゃあどうするよ。逆に考えてみよう。普通のものを持ってきたらどうなるかな。例えば白菜。

「今年の新人は普通か。こういう委員会なのに大丈夫かな」

逆に心配させてしまった。じゃあどうすればいいんだー!


帰りにスーパーに寄ってみる。鍋コーナーを通り過ぎる。平凡な奴に用はない。調味料や薬味のコーナーに差しかかる。目に入ったのはラー油や唐辛子。辛い系か。たしかに定番だ。が、僕は辛いのが苦手だし元の味を壊してしまう可能性もある。和は大事にしたい。新人でいきなり黒い人物だと思われたくはない。できれば真っ白でいたい。

白……? ふと白い粉末が目に留まった。これだ。とうとう答えを見つけた。

「すりごま」だ。

すりごまといえば、そばやうどんの薬味として絶妙な地位を築いている(食べたことない人はぜひ試してほしい。おいしいよ)。しかもその変化は控えめで、まさに食べ物の引き立て役。かといって鍋に入れる食べ物として王道ではない。

王道ではないけど素材の味を壊さず引き立てる名脇役。これだ! 最適な答えを見つけたぞ!


当日。意気揚々とすりごまを持って行った。机に並べられる品の数々。肉、野菜、豆腐。意外と普通なものが多いな。僕は端にすりごまを置いた。正直変わった食品もあったとは思うが、よく覚えていない。なぜならこのあとの出来事で記憶の容量がいっぱいだから。

食べ物がそろった。いよいよ作ろう。というときに、組織No.1の先輩が口を開いた。

「誰だこんなの持ってきたのは?」

手に持っているのは白い四角いビニール。そう、すりごまだった。

頭が真っ白になった。一体何をしてしまったのか。先輩は何気ない言葉だったようでそのまま作業に入ったが、僕は固まったまま。結局すりごまはずっと机に残り続けた。そう、すりごまが使われることはなかった。絶妙だと思った作戦は見事に打ち砕かれた。何が悪かったんだろう……。すりごまに恨みがあったんだろうか。

気持ちが沈んでいても時は進む。そのあとみんなで鍋を作り食べた。先輩がすりごまをディスった理由が気になる。先輩を観察してみると、ああいった理由が少しはわかった。先輩は青森の出身だった。そしてめちゃくちゃ気合が入っていた。先輩の持ってきた食材は「せんべい」。そう、青森の郷土料理であるせんべい汁を作っていたのだ。とてもおいしかった。そう、あの厳しさは鍋への愛から生まれた悲劇だった。

正直おいしかったし終わるころにはすりごまのことは気にならなくなった。まあそんな日もあるさ。

あのあと委員会をやめた。なんてことはなくすっかりなじみおかげで楽しい大学時代を過ごすことができた。でも今でも鍋を見ると思いだす。使われなかったすりごまを持ち返ったときの何とも言えない気持ちを。そして同時に思うのだ。本場のせんべい汁も食べてみたいなと。

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