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気まずさや、居たたまれなさをホラー映画として還元する ー『ゲット・アウト』

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GET OUT ジョーダン・ピール ジェイソン・ブラム 人種差別 招かれざる客

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自分とは趣味や価値観が違うかもしれないコミュニティに入っていくときは、誰しも不安になるし心細くもなってくる。私は日本に生まれて、ほとんど日本人同士の関係の中でしか育ってこなかったから、人種間の違いによるコミュニティ内部での摩擦や衝突なんていうことは体験したこともない。ただでさえ窮屈な人間関係に嫌気がさして「早く帰りたいなぁ」なんて呟いている私ですから、GET OUTを観たときには自分が抱えている鬱屈とした感情なんて屁でもないと素直に思いました。

多様な民族が暮らす社会では、たとえお互いにただの友人同士であっても、互いの民族が背負ってきた歴史を顧みないわけにはいかない。自分が日本人で、隣のあの子は韓国人で、その子のボーイフレンドはアフリカ系アメリカ人で、その彼の友人はヒスパニックで……。「肌の違いや歴史なんて関係ない」って思ってやり過ごしてきた時期があったけど、現代の人種問題の捉え方は次のフェーズへと移行している。
映画の冒頭、主人公のクリス(ダニエル・カルーヤ)がガールフレンドのローズ(アリソン・ウィリアムズ)の実家へ行くのを躊躇している際に、彼女に自分が黒人であることを両親に伝えたかと問うと、「どうしてわざわざそんなことを知らせる必要があるの?」と問い返す。ここでは一見、彼女が人種間のしがらみに抵抗を持たない良心的な人間として映されるが、ローズを演じたアリソン・ウィリアムズはインタビューのなかで「ローズのような考え方は流行らないわね。今や、社会の意識は変わりつつある。『見た目の違いなんて見えない』というのは嘘で、『見た目の違いは見えるけれど、それでその人を判断する気はない』が正しい考え方だということを、みんながわかってきた」と語っている。確かに肌の色や人種の違いなんて関係ない、と言ってそこで思考停止するのと、常にそのことを意識しながら配慮していくのとでは意味合いが異なってくる。私たちは幼き頃に受けた道徳教育で、差別をなくし、明るい平和な未来が訪れるのを信じていた。だけども現実は違うーー。

映画の冒頭で映されるモノクロ写真の数々は、主人公であるクリスが撮影した写真だ。そこに映されているのは、黒いカラスや白い犬。モノクロのイメージや映されている対象の数々から、この映画は黒人と白人による人種間の問題を描いた作品であることが暗示される。
黒人への人種差別はなにも過去の古めかしい歴史などでなく、現代にも残る問題だ。劇中でクリスがローズの母親であるミッシー(キャサリン・キーナー)に催眠術を施されるシーンがあるが、ここでクリスは自分の母親を交通事故で亡くしたという過去のトラウマと向き合わされることとなる。そうした悲劇的な過去と直面して涙が出るほどの精神状態に追い詰めることを、劇中では“沈んだ場所”といい、これを持って催眠は完了とされる。このあたりから徐々にローズの家族たちアーミテージ家の人々は、どこか歪んだ価値観を持っている人間ではないかと疑問を持ち始めるのだが、そうした不安心理と、白人家族の中で自分だけが黒人であることの疎外感から、画面にはより緊張した重苦しい質感が漂ってくる。
現代にも残る人種差別や奴隷制度の問題は、姿形を変え、表面的には見えづらく、問題の本質に迫らないと理解ができない。こうした事象と、個人の過去に眠るトラウマを催眠術によってあぶりだすといった手法をシンクロさせ、問題の奥底にある根源的な原因を浮かび上がらせ開示させるというダブルイメージがそこにはある。

アーミテージ家に群がる社会的地位が高そうな白人たちは、黒人の健康的な肉体美や、それに類するステレオタイプな部分にしか目を向けようとしないが、この映画ではむしろ、知的な頭脳プレイで危機的状況を打破していくことで、そのイメージを払拭させようとする。クリスの家で飼い犬の世話を任されたロッドが、彼の家でテレビを見ている際に、音声のみだが黒人のための大学基金のCMが流れ、知識の尊さを語る。映画の終盤で、黒人たちを利用したアーミテージ家の恐るべき陰謀が明かされ、地下室へと囚われたクリスは、催眠の誘惑から身を守るために、肘掛け椅子の皮の隙間からはみ出した綿を耳栓代わりに使う。おそらくはこの綿のイメージは、アメリカ南部の綿花農場で多くの黒人が奴隷として働かされていた歴史を思い出させ、そこから反撃が開始されていくことの象徴としても使われている。

本作で監督・脚本・制作を務めているジョーダン・ピールもインタビューで答えているが、この映画は過去の多くのジャンル映画からインスパイアを得て作られている。意外なところでは「ボディー・スナッチャー」のネタなんかもあるので、ご興味のある方は、その辺りを発見しながら楽しむのも良いかと。

主に新作映画についてのレビューを書いています。