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関ヶ原の戦いの日に思う

慶長五年九月十五日

天下分け目の戦いと云われていますが、最近は歴史研究により色々な説が出てきています。

徳川家康(東軍)VS石田三成(西軍)とされていますが、そもそも石田三成は総大将ではなかったのに、なぜ石田三成ばかりが表に出てくるのでしょう。西軍の実質的な代表者は、「太閤の恩顧に報いん」と挙兵した石田三成とされていますかが、西軍総大将となったのは毛利輝元です。当時は東軍、西軍という呼称もなかったようですね。(※伊東潤さんの「天下大乱」は毛利輝元を主人公にしています)

開戦から六時間弱で西軍が壊滅したとされる関ヶ原の戦いは、わからない部分が多いことも歴史ファンにとっては魅力なのかも知れません。

司馬遼太郎さんの小説「関ヶ原」

いつ読んだのか覚えていませんが、当時は今ほど歴史に興味がなかったので内容も覚えていません(汗)

ところが、2017年の岡田准一さん主演の映画「関ヶ原」は司馬遼太郎さんの小説「関ヶ原」が原作と知り、映画を観る前に図書館で借りて再読しました。私が関ヶ原をテーマにした小説を読んだのは、自分でも意外なほど少ないのです。(こんなに歴史が好きで関ヶ原古戦場跡には数え切れないほど足を運んでいるのに)

司馬遼太郎さんの「関ヶ原」、伊藤潤さんの「天下大乱」、そして7人の作家が7人の戦国武将を描く「決戦!関ヶ原」の三冊です。他にも読んだ小説はあるかも知れませんが記憶に残っていません。小説の内容についてはここでは触れません。

関ヶ原・司馬遼太郎
天下大乱・伊東潤
決戦!関ヶ原・7人の作家

真実は小説よりも奇なり・・・

気になるタイトルの歴史関連の本が驚くほどたくさんあります。新説ばかりが正しいとは言えませんが、最近は、いままで知らされてきた歴史は半分以上はウソのような気がしてなりません。

はじめて関ヶ原古戦場跡に足を運んだのは、いったいいつだったのか?
今ほど観光地化されていなくて、笹尾山を背にのどかな田園風景が目の前に広がっていました。それでいて、聖地だと感じました。当時は東軍の陣跡の案内板もなく、うろうろと歩き回ったものです。関ヶ原ウォーランドにあるお宝に興奮したことも・・・。

歴史を楽しむ醍醐味は、まず歴史の現場に足を運んでみる、そして当時に想いを馳せ、想像力を広げて五感で感じる。自分勝手な妄想上等です。(笑)

何事も移ればかわる世の中を 
夢なりけりと思いざりけり

大好きな真田信之公の辞世の句です。

時は流れ、流れて、真実も変わっていくのでしょうか。

天下分け目の関ヶ原合戦はなかった
関ヶ原合戦の真実

最後に

さてもさてもくやしきことかな。
家康をこそこういう目に遭わせてやりたかったものを。

関ヶ原の戦いで西軍についた真田昌幸・幸村父子は、上田城に籠らず家康の首を…と思ったかどうか。

全ての武将様に鎮魂の想いを捧げたい。

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