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サントエルマの森の魔法使い #11古びた手紙

第11話 古びた手紙


いまからさかのぼること13年前、ガラフ・ポーリンは長い旅の果てにマーグリスへとたどり着いた。イザヴェル歴439年のことである。

彼は既に熟練じゅくれんの魔法使いであったが、マーグリスに至るまでの数々の経験を経て、その力は人生の最高潮に達していた。

けれども、伝説上の大魔法使いファーマムーアの仕掛けを軽んじることはかなわず、一抹いちまつの不安を抱えながらサウラの大博物館で情報収集を行っていた。

そんな折りに出会ったのが、ヴォルフ・シェルボーンであった。

マーグリスの街では、サントエルマの森からやって来た彼もよそ者、ドワーフ族の都からやってきたシェルボーンもよそ者。二人が意気投合するのに、そう時間はかからなかった。

とはいえ、ともに過ごしたのはほんの十日ほど。

ガラフ・ポーリンはファーマムーアの地下墳墓ふんぼへと向かった。そのときあるいは、彼は生きて帰れないことを予期していたのかも知れない。娘へてた羊皮紙ようひしの手紙を、シェルボーンへたくした。

「ろくすっぱ会ったこともない娘が、お前さんを追いかけてここへやって来るだと!?」
 
半ばあきれるように吐き捨てた言葉を、シェルボーンは覚えている。

「やってくるさ」
 
ガラフ・ポーリンはまるで『明日の朝食もゆでキャベツさ』と言うような確信を持って答えた。

「ラザラは母の負けん気の強い真っすぐさと、父の探究心を受け継いでいるからな」
 



あざやかによみがった記憶を辿り話しながら、シェルボーンはごそごそと机の引き出しを探っていた。そうして、古めかしい一枚の羊皮紙を引っ張り出した。

「これが、その手紙じゃ」

茶色く染まった色が、降り積もりし時の長さを物語っていた。ポーリンは、心臓が早く打つのを感じていた。

「わしにも、長く会っていない子どもがいる。父の気持ちは分かるつもりじゃ」

そう言って、ドワーフは山積みされた本の隙間から羊皮紙を渡そうとしたが、あいにく腕が短いため、ポーリンはかなり前のめりにならなければそれを受け取ることができなかった。
 
彼女が手にした羊皮紙は、どこか日に焦げたような色を交えていたが、何も記されていないただの紙だった。
 
シェルボーンは片方の手のひらを天にむけ、肩をすくめた。

「わしにはどう見ても、ただの紙にしか見えないが、『おそらく娘には読めるだろう』と」

「・・・ええ、恐らくね」
 
そう言うと、彼女は短い魔法の呪文を口にした。魔法で記された文字を読むための、ごく初歩的な呪文だった。
 
火が焦げ目をつけていくかのように、羊皮紙に文字が浮かび上がる。ポーリンの鳶色とびいろの瞳が大きくなる。文字に一通り目を通すと、呼吸は落ち着き、

心臓の動悸はおさまっていった。

「なにが書いてあるのか、という野暮やぼなことは聞かぬ。ともかく、わしは使命を果たしたわけじゃ」
 
シェルボーンは満足げにそういうと、深く椅子に腰をかけなおした。そして今度はゆっくりと、煙管えんかんをふかした。小さな煙の輪ができ、空中に舞い上がるとともに大きく、薄く、そして消えゆく。
 
ポーリンは深く息を吸いこんだ。マランカタの葉の香りによる作用以上に、大きな肩の荷が下りたような感じがして、彼女の心は静かに落ち着いていた。

「ありがとう、館長。そしてアシェラム様。この旅で得たのは、経験と、自信と、影の魔法だけではありませんでした。おかげさまで、”私が何者なのか”ということに確信を持つことができました」

「『自分自身を知ることは、何よりの力になる』。わが家に伝わる言葉です―――」
 
アシェラムが穏やかな声で言った。

「―――おそらく、サウラがそう言ったのでしょう」

「よく理解できます」
 
そううなずくポーリンの顔を見て、ほんの昨日にはとがったった少女のようなぎらつきを感じたのが、知恵と経験を重ねた貴婦人のような品格を秘めていることに気づき、アシェラムは驚いた。

わずか一日で、彼女は影の魔法と、それ以上のものを手に入れたのだろう。

「それでは、そろそろ私はサントエルマの森へ帰る準備をしようと思います」

ポーリンは改めて丁寧にあいさつをすると、シェルボーンとアシェラムに背を向けた。

それまで煙管をふかしていたシェルボーンが、おもむろに口を開き、その背に言葉を投げかけた。

「・・・それと、これはお前さんの父の言葉ではないが、父上に成り代わって一言付け加えよう。くれぐれも、あまり無茶はしなさんな。父は、娘に危険をおかしてほしくないものだ」
 
ポーリンは立ち止まって少し振り向くと、笑顔とともに小さくうなずいた。

たしかに、サントエルマの森を出てから、影の魔法を得るまでの道のりは、ときに命の危険も感じる大冒険だった。けれども正直なところ、怖さよりもわくわく感の方が大きかった。

きっと、子は親の心配を超えて、成長していくのだろう。

(つづく)

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