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サントエルマの森の魔法使い #12父と娘の物語【完結】

第12話 父と娘の物語

太陽は青空に高くあがり、昼のこくを示す鐘の音がマーグリスの街に響き渡る。

宿への帰り道、石畳いしだたみを歩きながら、ラザラ・ポーリンはこれまでの旅に想いを馳せていた。

思い起こせば、至る所にファーマムーアの計算があるように思えた。
 
ファーマムーアの地下墳墓は、命を落としかねない極めて危険な場所であるとはいえ、そもそも<滅びの都>ザルサ=ドゥムで“鍵”を手に入れなければ、足を踏み入れることはかなわない。

“鍵”はザルサ=ドゥムの地下迷宮の奥深くで手に入れたが、まるで冒険者の成長に配慮するかのように、徐々に魔物の強さや罠の危険性が増すようになっていた。
 
探求心が高じて邪悪な道に足を踏み入れたファーマムーアはその晩年に改心し、恐らくは後進こうしんの育成を願ってこういった仕掛けをちりばめたのかもしれない。
 
「影の魔法」もファーマムーアの暗黒面の技の一つであるとされるが、自己犠牲の愛なくしては手に入れようがない制約が課されていた。
 
これら全ての仕掛けをなし得た時点で、やはりファーマムーアの力はあまりにも偉大であったとポーリンは感じる。
 
父がここで命を落としていたことは残念であったが、魔法使いが力を求めるのに制約や危険が伴わないということはありえない。それは、ポーリンも承知しているし、もちろん父も理解していただろう。

―――――あるいは。
 
ポーリンは考える。
 
父は、娘の力の一部となることは本望だったのではないだろうか、と。
 
父は見も知らぬ男であったが、今はその思いが少し分かるような気がした。そして晩年の孤独も。
 
こういう形でしか、娘に報いることができないと、そう考えていたのではないかと思う。
 
影の魔法はまさに父の願いによって、娘の力となったのだ。それを受け継ぎ、発展させていくのは、今や彼女の使命のように思えた。
 
彼女はふと立ち止まり、蒼空そうくううを見上げた。心なしか、空が広々としているように見えた。白い石を積んだ建物の屋根から数匹の小鳥が飛びたち、街の彼方へと消えてゆく。
 
彼女は思いついたようにつぶやいた。

「サントエルマの森に戻るまえに、ひさしぶりに母さんに会いにいこうかな」
 


『我が娘に、影の魔法をささぐ。
 この文字を、目にする日が訪れることを願う、ラザラよ。

おまえがはじめて家にやってきた日を覚えている。
弱々しくもとおといいその泣き声を聞いたとき、まるで暗闇にがともったかのようだった。

おまえの成長をそばで見守る日々を夢見ていた。
けれどもついに、そばでおまえの力になることは叶わなかった。

この手紙を目にしているとするならば、生きておまえと会うことはもうないだろう。
私のすべてが、おまえの力として役に立つことを願う。

けれども、娘よ。
力よりも大切なものは、おまえの健康と、幸福。

実りと幸ある人生を願っている。
いつも感謝を忘れずに―――ガラフ・ポーリン』

(おしまい)

(はじめから読む)

(あとがき)


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