#35. 黄金のカエルと絶望をもたらす魔法使い
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#35. 黄金のカエルと絶望をもたらす魔法使い
第三王子ヨーは、西門に集結させていたゴブリン軍を率いて、リフェティの西側の森の広場に陣を築いていた。
小型の馬にまたがり、姿勢をまっすぐにしてホブゴブリンに占領された地下王都の方を見つめる。しばしばニンジンのようだとからかわれる顔は、銀灰色の兜に覆われその尖った顎だけが目立っていた。
彼は武力よりも謀略を得意とするゴブリンだが、軍を率いる以上、“それっぽく”見えることの重要性をことさら重視していた。
彼の子飼いの<つるはし隊>が陣へと戻ってきた。普段は、リフェティの補修や、新たな居住区を作るための穴掘りを行っているため、地下王都のことは知り尽くしている。
今回は、秘密の通路を使って第三王子ヨーの居室へ忍び込み、そこから岩壁を破って捕らわれていたボラン王を救出するという大仕事をやってのけた。
「見事だ」
ヨーは<つるはし隊>の功労をたたえ、同時に彼の勝利を確信していた。あとは、ゴブリン軍の全力をもって、ホブゴブリンたちを追い出すのみ。ホブどもがチーグを抹殺していれば、なお良し。
そんなことを考えながら、救出された父王を出迎えた。
毛布のような赤いマントをずるずると引きずりながら、ボラン王はヨーの前へとやってきた。ヨーは馬を下り、王に敬意を示すとともに、無事の喜びを分かち合おうとしたが、ボラン王の反応はヨーの予想とは異なるものだった。
「ヨー、リフェティのすぐ外にゴブリン軍を展開させて、一体どうするつもりだ?」
抑えているが、その言葉の端々からは詰問調の声音が漏れ出ていた。
「まさか、リフェティに軍を突入させるのではあるまいな。多くの市民に犠牲が出るぞ」
ボラン王のその言葉に、ヨーは失望のため息を漏らした。
「・・・父上、あなたを助け出した今こそが、ホブどもを追い出す好機なのですよ」
「ええい、安直な」
ボラン王もまた、失望に満ちた声音で返した。
「誰が助け出してくれと頼んだ?わしもむざむざホブどもに殺されはせんわい。少なくともわしには人質としての価値がある。わしが人質のあいだ、ホブどもも一般市民には手を出すまいに・・・」
「この件に関して、これ以上言いますまい。リフェティの無事奪還という結果をもって、私の正しさを示しましょう」
ヨーはそう言うと、再び小馬にまたがった。そして右手を挙げ、兵士たちに指令をだす。
「王はお疲れだ。お休みいただいておけ」
その命令に従い、二名のゴブリン兵が歩をすすめ、ボラン王は頭を左右に振った。
そのとき――――突然の爆発音とともに、森の木々が数本、宙を舞った。突然の出来事だったが、あまりに現実ばなれしたその光景に、ゴブリンたちは時が止まったように固まってしまった。
永遠のように思える一瞬を経て、時が動き出す。宙に舞った木の一本は、ヨーたちの陣中に向かって落下してきた。
「避けろ!」
ヨーは大声を発したが、陣中に落下した樹木は数名のゴブリン兵たちを下敷きにした。砂埃が空気の波となって押し寄せ、ボラン王は思わずその場に倒れてしまった。
「父上!!」
ヨーの言葉は、周囲に充満した砂埃に埋もれて消えていった。
ヨーは腕で顔を覆い、立ちこめる砂埃から身を守る。周囲では、目が痛いと言ったり、咳き込んだりするゴブリンたちがいた。
少しずつ、ほこりが晴れる。
ヨーは薄目を開けて、周囲を観察した。
砂埃の中には、さっきまで存在しなかったものがいた。それは、黄金色のうろこのような表皮に覆われた巨大なカエルだった。
その背丈は周囲の樹木に負けないほどで、そのぎょろっとした目玉だけで、ヨーの身体よりも大きい。口は閉じられていたが、恐らく一口に十名以上のゴブリンを屠れるだろう。
「さあて、ゴブリンども。降伏するなら、今のうちだぞ・・・」
けだるそうなその声は、最後に酔ったような吃逆で終わった。
ヨーは目を凝らした。
巨大なカエルの頭には、一人の人間が乗っていた。白髪の交じった口ひげから、それなりの年齢のようだ。濃紺色のローブとフードに身をまとい、腕組みをしている。ローブの縁には、模様のように黄金色のルーン文字が刺繍されていた。古くさく、すり切れたローブであったが、ヨーの目にもそれは明らかだった。
あれは、“魔法使い”が好んで着るローブだ。
「おっと、先に仕事をするか・・・おい!」
青いローブに身を包んだ男は、短く号令を発した。
黄金のカエルがおもむろに口をあけ、ピンク色の舌を蛇のように伸ばす。それは、一瞬でボラン王に巻き付き、釣り竿を引いたかのように速やかに口の中へ戻った。
パクリ、とボラン王は、カエルの口の中に消えた。
「捕らえただけだから、安心しろ、ゴブリンども。食べられはしない・・・少なくとも、しばらくの間はな。・・・王が無事でいてほしければ、すみやかに兵を引け」
そう言って、再びしゃっくりをした。
しかし、ヨーはその言葉を無視した。
「あれは敵だ。かかれ、王を奪還しろ!」
ヨーは数百の兵士たちに、力強くそう命じた。けだるそうでどこかろれつの回らない男の声とは大違いだ。
「やっぱり、そう来るのかね」
男はため息まじりにそうつぶやくと、腰のベルトにつけていた酒入りの革袋を取り出し、ひとくち口に含んだ。
「ああ、いい酒だねえ、絶景、絶景」
襲い来るゴブリンたちを見下ろしながら、男は悠然とつぶやいた。
「私は<酒解のフバルスカヤ>、あんたらに絶望をもたらす、魔法使いさ」
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