脳動静脈奇形の治療体験談⑮~社会復帰~

どうも、ざいあんです!

前回の投稿にて脳動静脈奇形の治療の手術入院が終わったので、今回は社会復帰の様子を記していきます。
治療経験記録としてはこれが最後になるかと思います。
ちょっと長いので目次付けます。

1.退院後の安静期間

退院した後は、会社も休職を継続ししばらく家で安静に過ごしていました。
基本的には家で子供と遊び、出掛けるとしても買い物をする程度です。

ヘルニアで痛かった腰は、家の布団に戻っても痛いままなので、近所の治療院に見てもらい、バランスを整えてもらったお陰で寝る時の痛みも少なくなりました。

服薬は『抗てんかん薬※1』を継続して服用してはいましたが、『てんかん発作※2』は起こることは手術以来はありませんでした。
※1:てんかん発作を抑える強い薬
※2:脳にある神経細胞の異常な電気活動により引き起こされる発作のこと

2.社会復帰

退院から3週間、社会復帰をしました。とはいっても在宅勤務中心にさせてもらっています。

というのも、やはり外に出るのは少ししんどいです。まず、電車に乗るのがキツいです。病気になる前までは一切気にしてなかったのですが、電車は色んな音や景色の移ろいがあり、脳への情報量が多いです。それによって頭痛になります。また、移動するだけでも安静期間で鈍った僕の身体はついていけませんでした笑
めまいやふらつき、頭がボーっとすることもあったので、基本的には在宅、何か用事があるときだけ出社(電車が混まない時間での出退勤)、ということで過ごさせてもらうようにしました。

唯、いつもめまいやふらつきが起こった際、いつも合わせて起こっていた『てんかん発作』による失語症は発生することがなかったので、「あぁ、失語症にならない日々がやってきた、本当に病気は回復してるんだなぁ・・・」という喜びも同時に感じました。奥さんにそのことを言ったら「めまいやふらつきがあるのだって良くないでしょ!安静にしておきなさい!」と言われてしまいました笑

通院は3ヶ月に1度で良い、服薬も半年間何もなければ行わずに済む、ということを直近の先生からの診察では言われました。

3.仕事に対する目線

そんなこんなで今はゆっくりと、無理ない範囲で社会復帰をしています。
夜中まで体調気にせずに仕事に打ち込んでいた1年前が嘘みたいです。何よりも「健康が一番大事」ということにこの病気によって気付かされました。
人生観も大きく変わりました。自分にとって一番大事なのは『家族』、でもその『家族』を守るために必要なのは無理して仕事をすることじゃない、『健康』でいることが必要なんだ、と心に刻みました。

同時に思ったのは、どれだけのサラリーマンが『健康』を優先して働いているのだろうか、と感じてます。周囲を見ても、みんな仕事を頑張り過ぎではないか、体調は大丈夫なのだろうか、と思います。

だから、最近は上司や同僚に対しても「体調大丈夫ですか?無理し過ぎと思うので、あくまで『健康第一』で過ごしてくださいね」と話すようになりました。

4.最後に

最後は僕の感想めいたものを書いてしまいましたが、治療経験記録としてはこれが最後です。ここまで読んで頂きありがとうございました。
長くなってしまいましたが、『どんな思いで』『どんなことが辛くて』『どうやって耐えきったのか』という『体験談』を僕自身が事前に読みたかった、だから、『治療体験談』を記すことで、きっと同じ境遇(同じ病気ではなくても)の人の救いになるかもしれない、そんな想いで書きました。
ぜひ、『〇番が良かったよ』とか、『もっとここ深堀して欲しい」とか、なんでも良いので読んでみた感想等を頂けると嬉しいです。

それではまた!

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