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「LION ライオン 25年目のただいま」

原題:Lion
監督:ガース・デイビス
製作国:オーストラリア
制作年・上映時間:2016年 116min
キャスト:デブ・パテル、サニー・パワール、ニコール・キッドマン

 赤ちゃんポストの先駆的ドイツでは母親の匿名性から「内密出産制度」へと移行している。事情があって子を手放す女性を日本よりも組織的に長期的に守っている。事情がある親が守られている一方、出自が辿れない子の権利が時間を経て漸く認められた。自分がどこから来たのか、これはおそらくどのような状況・環境に置かれても人が求めるものだろう、おそらく。

 映画の中で人種に拘泥せず養子縁組を探るオーストラリア夫婦。(*この映画自体製作国がオーストラリア。)日本ではこの設定は生まれ辛い。彼女が「世の中には恵まれない子が多くいる、そうであれば敢えて私が産まずとも一人でもそうした子を救う」と語る場面は誰もが出来る発想ではない、また実際行動することも少ない。
 インド生まれのサルーは人種も言語も違うこの夫婦に愛情を注がれ大切に育てられる。忘れてはいけないこと、サルーは「孤児」ではない。

 引き離された「家族」がある子だ。決して経済的にゆとりがある家ではなかったが優しい母親、兄に守られている子だった。
 その子が、インドでの生活とは比較にならない豊かな生活で育とうが本来の自分の家族を忘れる筈が無かろうし、故郷の絵はずっとこころの一番近い所にあったことだろう。

 養子縁組は「子」が希望して行ってるのではなく大人が表現は申し訳ないが択んでいる。オーストラリア夫婦に縁あって子として育っても「いつか」あの時幼すぎて帰られなかった家にもう一度行きたいと、抑えていた思いが行動になっていく。

 映画前半、仕事をする為に兄と家から離れ、都会の駅構内ではその兄とも離れ、方言も通じない場所へと移動していく場面が続く。インドの実写を見ているようなリアリティの中には多くのストリートチルドレンの様子も入る。
 台詞は多くなく、その殆どは探し回りながら連呼する兄の名「クドゥ」。
 表情、特に目が言葉以上に多くをこちらに伝えてくる。この子役の演技だけを観るためにもう一度映画館へ足を運んでもいい。

 実母を探すことが、これまで育ててくれた両親への背信行為ではないかと青年サルーは悩むが彼は母(養母)を過小評価していることを後に知る。
 「私は子を産まなかったけれども、子を持つことは出来た」と語る養母。
 サルーは悲運に翻弄されオーストラリアまで来てしまうが、彼の強運はインドにもオーストラリアにも愛情ある家を持てたこと。

 前半の引き込まれ方が強かった分、後半はかなり求心力を失速していく。特に恋人の絡みは不要。寧ろ、オーストラリアの家族模様を丁寧に描くほうがバランスが取れた。
*エンドロールは最後までご覧ください。
★★★



 

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