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戦国血まみれダーティーヒーロー ―塚本靑史『白起』―

《白起は、藺相如りん しょうじょを直接知らない。魏冉ぎ ぜん(魏冄)をはじめとした王の取り巻きから噂を聞くに過ぎないが、そこに得体の知れぬ精神の深さを感じた。苦手な相手である》
 多分、これは宮城谷昌光氏の描く君子的なヒーローたちを意識した描写だろう。

 私が初めて読んだ塚本靑史氏の小説は、メジャーデビュー作『霍去病』ではなく『白起』(河出書房新社)である。これこそが、私が宮城谷氏に対する評価を下げた要因の一つである。もう一つ、バーナード・コーンウェル氏の『小説アーサー王物語』シリーズも要因の一つだが、私がこれらと並行して読んでいた宮城谷氏の『楽毅』や『青雲はるかに』の評価が世間ほど高くはないのは、塚本氏やコーンウェル氏の本の衝撃が強過ぎたからだ。
 そちらと比べると、宮城谷作品はいかにも消毒薬臭い。
 塚本版白起は宮城谷版楽毅のような「貴種」ではない。しかし、彼は母親から聞かされた中原ちゅうげんの神話「神は上質な粘土で上質な人間を造り、下等な泥で下等な人間を造った」に基づき、他者を判断する(白起自身は自らを前者だと認識しているようだ)。この辺からして、いかにも宮城谷作品群の「貴種崇拝」の辛辣なパロディのように思える。そして、宮城谷作品のヒーローたちの基本が「君子」ならば、塚本作品のヒーローたちの基本は「非情」である。
 この小説は宮城谷氏の『楽毅』よりもずっと話の密度が濃いが、あちらもこちらみたいに一冊に収まるようにした方が完成度が高くなったかもしれないと、私は思う。まあ、『楽毅』は雑誌連載だったからしょうがないかもしれないが、あちらといい、漫画『キングダム』といい、もっと話の密度を高めてペースを速める事が出来れば良かったのになぁ…と、私は惜しむ。

 しかし、皮肉な事に塚本氏の作品はこれ以降勢いが衰えているように思える。どぎつい設定や展開が空回りして、変な臭みが出てきてしまうのだ。やはり、宮城谷氏と同様、年齢的に「伸びしろ」がないのかもしれない。やはり、冲方丁氏と同世代の小前亮氏に期待した方が良いのかな? そのうち、小前氏の本を色々と読んで感想を書いてみたい。

【Queensryche - Silent Lucidity】


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