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[実録]オーストラリアでの出産。胎盤剥離有り

みなさまお疲れ様でございます。
どうも私です。

本日は少し趣向を変えて、今後妊娠出産する予定のある人たち、オーストラリアでの出産ってどんな感じなのか不安に思っている方達のための参考になればという思いで記事を書いてみます。
私はオーストラリアで2度出産しておりますが、なかなかに壮絶な経験になったのでシェアさせていただきます。


つわり(第一子)

つわりは11週まで続きました。どういった症状だったかというと、兎にも角にも肉という肉が食べられない。理由は臭いから。嗅覚が異常に研ぎ澄まされ、外に出れば前を歩くおっさんの頭皮の匂いが感じられる、普段気になったことのない街中のゴミ箱の匂いを感じてしまう。とにかく外が臭くて臭くて耐えられない!
オーストラリア人の夫が、自分の夕飯のためにと肉をオーブンで焼いたら、家中に充満するその匂いに吐き気を覚え、キッチンから一番遠い部屋に引きこもる等、とにかく気持ち悪かった。ところが11週のある日、家族の集まりに参加し、義姉の作ったカレーを食べてみようと思い、肉の塊を恐る恐る食べてみたところ普通に食べることができ、つわりの終焉を確信し、めちゃくちゃ嬉しかったのを記憶して居ます。

予定日超過

その後、異常に体重を増やしてしまったことを除いて(最終プラス20+kg)、順調に妊娠生活を送ることになるのですが、予定日を過ぎても陣痛らしい陣痛が来ない。
(ちなみにオーストラリアの助産師たちは体重増やすな、とかほぼ何もいって来ません。言って欲しかった。)
第一子で予定日超過はあるあるだから、と助産師に言われのんびり構えていましたが、1週間が過ぎても何も変わらず。
真夏で臨月を経験したことある方なら共感いただけるでしょう。死ぬほど暑いし、本当に耐え難いものです。この頃、毎日日本の実家の母に電話し、

多分一生生まれない、一生妊婦だと思う

と愚痴り続けていました。本当に生まれる気がしなかった。

予定日超過11日目の深夜、猛烈な違和感を感じ目が覚めました。

破水

破水してました。ベッドがぐっしょりと濡れていて、なんとも言えない変な匂いがしました。尿の匂いでは全然ないです。
隣で寝ていた夫を叩き起こし、破水した!病院連れてけ!と伝えると、病院に電話し、陣痛が来てないなら来られても〜云々と言われたが、まあとりあえず来てくれてもいいけどねと言われ、予定日これだけ超過してるんだから何がなんでもさっさと生ませてもらいたい私はやっと病院に行ける!と勢い込んだ。
病院に到着すると本当に破水なのかをチェックする試験紙を渡され、チェック。あ、はい破水ですねーという意味のないやり取りをされ、陣痛が来てるのかNSTでテストされる。陣痛は非常に微弱であるということで、

ナース)とりあえず帰ってください。今日週末だし、週末は原則促進剤とかやらないし、ドクター今いないし。明日朝ドクターが来たら連絡するから!

とカジュアルに言われ、え?日本のサイトでの私の知識では破水したらシャワーは浴びるな?とか?感染症がなんとか?とか色々言われていたような気がしたので、

私)破水しててもシャワーとか入っていいんですか?

とナースに聞くと、全然オッケーだと。そうなんですか。いいみたいですよ皆さん。

不本意ながら帰宅させられ、破水したベッドで再び眠ろうとするが眠れる訳が無い。寝た気がしないまま、朝起きてシャワーを浴びていると、ドクターから電話。

Dr.)今来れる?来れるなら促進剤やったる!
私)(食い気味に)すぐ行く。

日曜日の朝、通常週末は誘発はしないと言われた中、やってもらうことになりました。

促進剤点滴

病院到着後、早速促進剤を点滴され、しばらく待つ。
オーストラリアでは笑気ガスがデフォルトです。もちろんオプションでエピデュール(無痛)もあります。
痛くなってきたら吸っていいと言われ吸入器がついてきます。

しばらくして痛みがズンドコズンドコ襲ってきますので、当たり前のように笑気ガスを酸素の如く吸い始めます。深海に潜ったような気持ちでじっとそれに耐えていますと、痛みがとんでもないレベルになります。本当にとんでもない。ベッド横の柵を壊すんじゃないかというくらい握りしめていたのをよく記憶しています。

ナースがわさわさと来て、何か機械をチェックしたり、急に慌ただしくなりました。どうやら、陣痛が無感覚でとんでもないレベルで襲っているらしく、これはまずい、と点滴のレベルを下げたようです。

私の笑気ガスを吸う量は増え、ほぼ意識が飛んでいました。

夫が私に向かって叫んでいることに気づきました。

夫)無痛に切り替えたかったらイエスと言うんだ!サインが必要だ!無痛にできないぞ!

どうやら夫は3回以上私に無視をされていたようで、これは渾身の最後の叫びだったようです。後日談でそれを知りました。私には夫のこの一度の叫びしか聞こえていませんが、この声も、何度も何度もリフレインしているように聞こえました。完全にラリっている状態ですね。

聞こえた瞬間、私は首をブンブンと縦にふり、ナースから承諾書を渡され、ここにサインを!と叫ばれる。持たされたペンを横にビーっと引いて絶対に私のサインじゃないサインを書き、その瞬間に無理矢理ベッドの上に起き上がらさせられ、背中にブスッと脊椎注射を打たれました。普通これはすごく痛いらしいですが、陣痛の方が断然痛いんで、大丈夫です。屁です。こんなもの。

2秒くらいですかね。体感。

2秒で死の淵から笑顔に変わります。無痛ってすんごいです。ほんとに無になります。

一番夫が驚いていました。え?え?笑ってるの?くらいびっくりしてました。
時計を見たら2時間くらい経過していました。そこからは一気にイージーモードになり、ベッドに座り夫と談笑していました。しかしここからどうやって出産になるのだろう、と思っていました。

オーストラリアの病院では刑務所の飯かな?っていうレベルの軽食とか用意してくれます。サンドイッチとかクッキーとかそういうものですね。

そんなものを食べて、夜になります。やっぱり出てきません。

ベテラン助産師が触診したところ、
助)胎児の顎が引っかかって出てこれないのではないか?
と言いました。
若い男性ドクターが超音波見てみましょう、と言い、見たところで何も分からず、

Dr.)待っていればおそらく出てくると思いますがどうしましょう?帝王切開も視野に入れますか?旦那様と話し合ってください。

緊急帝王切開


私たちは即決しました。
予定日12日超過。顎が引っかかってる可能性ある。既に出血もしている。
ここまでしてまだ出てこない。絶対に何かある。悠長に待ってる場合ではない。

私)すぐに切って欲しい。

私はお願いしました。
するとすぐに担架に乗せられ、オペ室に運ばれました。緊急帝王切開開始。

週末夜で帰宅途中の医師や助産師達が緊急招集をかけられ、オペ開始。

びっくりするくらい速やかに息子が誕生しました。
後日知りましたが、胎盤剥離をしていたらしいです。
医師にとてもドラマティックな出産だったのでいまだにあなたを覚えていますと、数年後第二子妊娠時に再会した際に言われ、震えました。
もしも私が帝王切開を即決せず、悠長に待っていたら赤子と私を危機にさらしていた可能性があります。

何よりも出産は、母子の安全が第一優先です。本当にそう思いました。

さて、

ほぼ4キロで生まれた息子が、私の胸の上にボン!と乗せられました。
その時私はあらゆる麻酔の副作用で、顎がガチガチいうくらいの全身の震えととてつもない吐き気に襲われており、4キロのものを胸に乗せられる余裕は全くありませんでした。

私)どかしてください。吐きそうです。

想像していた感動の出産シーンは、完全に私の吐き気で台無しにされました…
ナースにビニール袋を渡されましたが、吐くには至らずに済みました。その後リカバリーの為に別室へ移動させられた私、夫がその間ずっと生まれたての息子を抱っこしていてくれました。

以上が第一子の出産でした。
出産はみなさま色んなドラマがおありでしょう。一つとして同じ話はありません。
あなたの体験談もコメントで教えてください。

ありがとうございました。



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