【教育改革実践家・藤原和博さんに聞く】「社会人の学び」へのオーディオブックの役割ーーHR有識者インタビューvol.1
最近メディアなどで「リスキリング」や「学び直し」といったワードを目にすることが増えました。自分のキャリアのために、そして自分の成長のために、社会人になってからも何かを学ぶ姿勢は大切です。
では社会人はどのように学び、何を学ぶべきなのか。そしてそこにオーディオブックは貢献できるのか。ここでは前奈良市立一条高校校長で教育改革実践家の藤原和博さんと、「audiobook.jp」を運営する株式会社オトバンク会長の上田渉の対談をお届けします。
■「キャリアの大三角形」を大きく描くために
上田:近年、「リスキリング」や「学び直し」という言葉をよく聞くようになり、社会人の学びへの意識が高まっているように感じます。藤原さんはこれらについての必要性や課題についてどうお考えですか?
藤原:私はこの15年の間に1700回くらい講演をやっているんですけど、最近の傾向として、会社の組合が私の講演を好きなようなんです。
上田:労働組合ですか?
藤原:そうです。なぜかと考えてみたのですが、社会全体の流れとして、終身雇用が崩れて「会社に人生を預ける」みたいな時代ではなくなっているじゃないですか。会社側の人事部も、自分のキャリア形成は自分で考えてほしいと思うようになってきているんです。
労組はこれまで賃金の交渉をしたり待遇改善を訴えたりという活動をしてきたわけですが、その労組が会社や社会のこうした変化に気づいたんだと思います。それでこれからのキャリアをどう考えたらいいかということで私のところに講演の話がきている、ということではないかと。
上田:どんなことを話しているんですか?
藤原:強調しているのは「キャリアの大三角形を作りましょう」ということです。三つのキャリアやスキルを掛け算して自分の希少性を高めていきましょうということですね。
20代で就職してから最初の5年10年で身につけたスキルやキャリアが左の軸足だとすると、右の軸足は30代で身につけたスキル・キャリア。その二本の軸足を決めたうえで三本目をどこに踏み出すか、どういう掛け算をするかで自分の付加価値が決まります。だいたい45歳前後の時期にこの選択をする時期がやってきます。
上田:「三本目」を踏み出すことについて、どんなアドバイスをしているんですか?
藤原:すでにマスターしている「一本目」と「二本目」の周辺に踏み出さないように、と言っています。それだと三角形の面積が小さくなってしまうんです。
上田:なるほど。大三角形にするには、それまでの二本とは離れたところに三本目を踏み出さないといけない、ということですね。
藤原:そうです。この三角形の面積そのものがその人の希少性なので、遠くに踏み出すことが大切です。そのためには、それまでやってきたこととは全く違うことを勉強する必要が出てくる。
たとえばアメリカだと、そうやってこれまでと全く違うことを学んだり、キャリアのモードチェンジをする場合は大学に戻るんですよね。つまり、大学がキャリアチェンジの踊り場として機能しているのですが、日本の大学はそういうことがほとんどできていません。これからそういう機能が必要とされていくのかもしれませんが、現状なかなか間に合わないというところで、ビジネスクラスの人が自分で学ぶために勉強法に意識を向けているというのは確かだと思います。
上田:自分で学ぶということでいうと、どんなことが考えられますか?
藤原:一つは読書でしょうね。スマホで文庫本を読んだり。通勤で30分とか1時間あるのにスマホでゲームをやっている人に身につくものはないですよ。
上田:ワイヤレスイヤホンが普及したので、オーディオブックも以前より手軽に聴けるようになっています。弊社の「audiobook.jp」の会員数も2017年は19万人だったのが、2022年は13倍の250万人に達しています。オーディオブックも読書の一環としてこれらの学びに取り入れていただきたいですね。
藤原:会員増にはコロナの影響もあるんですか?
上田:いえ、コロナ前からのトレンドで伸びてきています。ただ、日本の教育や学習には聴覚という視点が抜け落ちていて、アメリカでは当たり前のようにディスレクシアの方々だけの学級や学習過程があるのですが、日本ではまだまだそこまでは行っていないんですよね。
藤原:学習障害の方々への配慮の面ではまだまだですよね。
上田:日本ではADHDとか落ちこぼれとか、そういう扱いをされてしまうんですよね。
藤原:そういう方々は、耳から聞いた言葉であれば問題ないんですか?
上田:そうです。というのも人間の言語はそもそも音声から入ります。赤ちゃんの頃にしゃべり出して、文字を覚えるのはその後です。誰でも最初は言葉を音声として記憶しているわけで、文字が読めない人でも会話はできることが多い。オーディオブックってハードルが低いんですよ。
ただ、社員教育も含めて今の日本の教育は視覚偏重です。読書にしても動画にしても視覚ありきでそれによって学びにくくなっている人もいます。オーディオブックはそういう人を救えるんです。
藤原:視覚障害のある方に向けた聴覚教材は昔からありますが、今はもっと広がっていますよね。
上田:そうですね。それこそ健常者の方々にも広がってきています。
藤原:健常者が移動中などの空き時間で耳から勉強する手段となると以前ならラジオだったのでしょうが、今はオーディオブックが使われているんですね。
■これからの時代に必須の「情報編集力」とオーディオブック
藤原:私は奈良の一条高校の校長をやっていたのですが、今の10代の人ってもう「ググらない」んですよね。ネット検索には一定の文章力が必要で、それがないと必要な情報に行きつかない。じゃあ、彼らはどうしているかというと、YouTubeを見て知りたいことの答えを聞きます。だから知りたいことを教えてくれるYouTuberにいち早く辿り着きたい。
これはちょっと悲しい傾向だとは思います。嘆いても仕方ないことですが。
上田:そういったことによって考える力自体が奪われる傾向にあるんじゃないかと思っています。「ググればいい」もそうですけど「YouTubeで答えを見つければいい」も、基本的には思考からは遠のいていますよね。
ただ、これってそもそもの思考のベースとなる教養がないからそうなるわけで、読書離れの影響は感じます。本は一つのテーマについて最大限情報を盛り込んだパッケージなので、それをインストールしていない弊害はやはりあるんじゃないかと。
藤原:個人のベースになるものって、どんな状態で生まれてどんなふうに育ったかという家庭教育の部分が大きくて、そこに経験が蓄積されて「基礎的人間力」を決定している。
その基礎的人間力と、情報処理力(知識・技能)と情報編集力(思考力・判断力・表現力)を「生きる力の逆三角形」と私は言っているんですけど、じゃあ情報処理力と情報編集力をどう高めるかというと、情報処理力の方は学校でちゃんと勉強したり、受験を経験したり、企業に入って働く過程で高まっていきます。
問題は情報編集力の方で、これは「意外なもの」同士をつなぎ合わせる掛け算の力と言ってもいい。掛け算によって仮説をたくさん作り出し、その中から自分や関わっている人を納得させられる「納得解」を見つけていく。頭を柔らかくしてこの「納得解」をどれだけ生み出せるかがこれから一番大切な力になるのではないかと思っています。
この話に関連して言うなら、読書は「乱読」した方がいいと思っています。分野を絞って興味のあるものだけを読むだけではなくて、あえてこれまで読んできた本とはかけ離れた分野のものを読んでみることで、知識と知識が意外なところで繋がる場面が必ずあります。
上田:乱読には大賛成です。一つのジャンルに集中した知識よりも、もっと雑多な知識が有機的に結びつくからこそいいアイデアが生まれます。
その意味ではオーディオブックと「乱読」は相性がいいと思います。「audiobook.jp」でオーディオブック化されている本は様々なジャンルのベストセラー、ロングセラーばかりで、ある程度クオリティが保証されているものが揃っています。定額プランがあるのでそれをザッピング的に聴いていって、面白かったものを深く聴くという使い方ができるんですね。
藤原:本って、書いた人の脳の欠片なんですよ。茂木健一郎さんの本であれば、茂木さんが膨大な時間をかけて研究した結果が、茂木さんの調査と思考と表現を経て2時間か3時間くらいで読めるパッケージになっている。まさしく茂木さんの脳の欠片です。小説も同様ですよね。だから、読書っていろんな人の脳の欠片を自分の脳にはめ込んでいくことなんです。
オーディオブックにしても、たとえば小説作品を聴いて、ただ聴くだけでなく、イマジネーションを膨らませて「主人公はこの俳優だったらいいな」と想像して頭の中で映画を作るような形で聞くと、情報編集力を高めるのにも役立つのではないでしょうか。
社会が移り変わり、自分のキャリアは自分で考えていかねばならない中で、読書の重要性は一層高まっています。
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