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唾を吐かれない話(脚本・演出家 藤井颯太郎)

なにをかけばいいやら。なんとも不安な一文から連載を始めることにした。今日から連載が始まるのに、最初の原稿がこんな始まりでいいのか。いいか。

言い訳をさせて欲しい。先月、生まれてから二十八年が経った。人間が物心つくのは大体三、四歳頃らしい。なのでまぁ、二十四年くらい「生きてる感覚」があるわけだ。僕はその二十四年のうち二十二年は芝居に関わって生きてきた。僕にとって演劇は、常にふんわり存在し続ける「空気」のような存在で、物心ついた頃から演劇を吸って吐いて生きてきた。だから「演劇と自分」なんていうカッコいいテーマを渡されると、「人生と自分」を語らなきゃいけない気分になって、なにをかけばいいやら。となってしまう。

僕が演劇を始めたのは五つ離れた兄の影響が大きかった。滋賀県のド田舎に生まれ、舞台芸術に触れる機会が殆どなかった僕だったが、兄の出演する舞台は欠かさず観に行った。現在でも俳優をしている兄は、小学生の頃からミュージカル等に出演していた。何百人もいる観客の前で歌い踊る兄の姿は、とにかくカッコよかった。兄の真似をして六歳の頃オーディションを受け、初舞台を踏むことになる。どこへ行っても兄の真似をしようとついてくる弟は、兄にとって煩わしかったことだろう。

小学一年生が初舞台を踏むということは当人も周りも大変だ。振付家に「手は斜め四十五度」と指示された僕は、その場でうまく質問が出来ず、後で「角度」という概念を先輩俳優から教わった。また舞台上では関西弁は使ってはならないと教えられ、共通語(標準語)のアクセントを教わった。現在に至るまで、日常で方言を使うことは殆どない。

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