富山

リクルートを退職し、東京・富山の二拠点生活を始めます

複業のCo-lab(コラボ)について書き続けてきたこのnote。すでにCo-labに休止符を打ったこと、そのきっかけの1つはBUFFコミュニティマネージャーの学校に通っていたことだと書いていましたが、実はもう1つの大きなきっかけがありました。

そして、そのきっかけによって、4年弱勤めていたリクルートキャリアも退職することを決めました。なぜ辞めたのか、これからどうするのかを、今後の人生に対する自分なりの決意表明のために残します。

注1)会社について触れている部分もありますが、あくまで個人的な見解です。

注2)長いです。お時間のある時に興味のある方だけ読んでください。


【1】 入社理由とやってきたこと
【2】 なぜ辞めるのか
【3】 (ちょこっと裏話)
【4】
 最後に


【1】 入社理由とやってきたこと

振り返ればもう5年前。家庭環境の影響もあってか、早く経済的に自立したいという想いが強かった私は、「若いうちからたくさん働けて、たとえその会社をクビになっても食べていけるような自分になりたい」という想いで就職活動をしていました。(今思うとかなり極端ですが、当時は本気です。笑)

ベンチャーを中心に受ける中で、ひょんなきっかけで出会ったのがリクルート。気づけば30名以上の社員・卒業生の方々にお会いする中で、立場や年次に関係なく意見を言えて、手を挙げて挑戦できる風土に魅かれていきました。そして何より、そこで働く人たちが楽しそうに、すこし熱っぽく自分の仕事を語る姿を見て、私もこんな風に楽しく働けるようになりたいと思うようになりました。

そうして、入りたくて入れていただいたのが、2015年の春です。

入社後の経歴はざっくりと、RA(人材紹介営業)2年、営業企画1年、サービス企画1年。興味のあることにとことんチャレンジさせていただきました。

何十年もの歴史あるリクルートを、たった4年弱しか働いていない自分が語るのはおこがましいですが、「意志ある人間に期待し、できるかどうか絶妙なラインの仕事を任せ続けてくれる環境」でした。何かを発信すると、必ず誰かが応えてくれる。厳しいことも、真正面から言ってくれる。(もちろん絶妙なラインの仕事が完全に自分のキャパを超えることもあり、本当にしんどくて逃げたくなる時もあるのですが)離れてみると、ありがたい環境だったなと思います。


【2】 なぜ辞めるのか

それなのに、なぜ辞める決断をしたのか。


大きなきっかけになったのは、今年の春、父が他界したことでした。


もともと父とは疎遠で、父親らしいことをしてもらった記憶もあまりなかったので、一般的な家庭における父との死別とは意味が違うかもしれません。それでも、「もう二度と口をきくことはできない」という事実は、受け止めがたかった。いろんな後悔が頭の中を駆け巡りました。でもどれも、もう取返しのつかない後悔でした。

予期せぬタイミングで、身近な誰かの、そして自分の人生には終わりがくることを目の当たりにし、改めて残りの人生をどう生きたいかを考えました。

考えた結果、2つのことを決心しました。
・大事な人が生きているうちに、その人との時間を大切にしよう
・自分が生きているうちに、やりたいことに挑戦し続けよう


そこから、自分が大事にしたい人は誰なのかを考えました。思い浮かぶ人はたくさんいたけど、「今」会う時間を増やしておきたいと思ったのは、富山に住む祖父母と、東京で暮らす母親でした。

じゃあやりたいことって何なのか。改めて振り返ると、RA時代も、企画時代も、複業としてCo-labイベントをやっていたときも、心からやりがいを感じたのは、今まだその価値を知られていない 企業 / プロダクト / 人 の魅力を引き出し、それを広めている瞬間でした。今後もそんな役割を担える自分でいたい。

どうしたらこれを実現できるのか。約半年かけて見つけた自分の答えは、「東京・富山を行き来する生活をし、富山の土地の魅力を発信する」という道でした。

ということで、リクルートを退職し、今月から東京・富山の二拠点生活をスタートさせます。


【3】(ちょこっと裏話)

こうやって書くと、自分のやりたいことが明確で、ブレない人間みたいに思われるかも知れません。でも違います。飽き性な私はやりたいことなんてすぐに変わるし、優柔不断なので一度決めたことも「本当にこれでよかったのか」と悩み始めます。

実際、春に父を亡くし、夏に退職を決意しましたが、その時は辞めてどうするかなんて全く決まっていませんでした。これから自分はどうするんだろう、と自分自身が一番不安でした。悩んでいるレベルも、「自分にとって大切な人は誰か」なんて大それたものばかりじゃなく、「ペーパードライバーの自分が、車社会の富山で生活できるのか・・」なんていう、考えても意味がないようなこともいっぱいありました。

でも、逃げずに何度も考えました。なぜ辞めるのか、何を優先するのか、そのためにはどうしたらいいのか。

考えて、身近な人に相談して、富山にも足を運んで、やっと半年かかってここまで来ました。それでもまだ、これからの仕事だってきちんとした計画が立っているわけじゃありません。

ただ、考える度に自分の覚悟はどんどん深まりました。誰にどう思われようと、たとえバカな選択だったとしても、今の自分が一番納得できる道にしよう。そう思えて初めて、今回の決断ができました。いつか振り返ったときに、「この決断をしてよかった」と自分が思えるような毎日にしていきたいです。


【4】最後に

今までお世話になったみなさま、ありがとうございました。リクルートで学んだことや、得られたスキル・知識はたくさんありました。でも一番の収穫は、人生に対する自分なりの決断ができるようになったことだと思います。もしかしたらそれは、自分自身が北欧の価値観に触れていたことも起因しているかも知れません。でも何より、「あなたはどうしたいの?」と本気で向き合ってくれる人が身近にいてくれたことが、とても大きかったと思います。

いつかお世話になった恩返しができるよう、新しいステージでがんばります。もし何か役に立てることがあれば、お報せください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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