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『天使の翼』第5章(84)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 慌てて洞窟の入口の方を見ると、赤色灯をきらめかし、煌々とヘッドライトを点灯した3台のエアカーが、恐ろしいスピードでこちらに滑空してくる。迫るにつれ、どうやら男爵家の武装警察と分かった。ほっとしてもいいところだが、あまりの慌しさに、何事ならん、との気持ちが先にたった――
 事故は、わたし達の目前で起きた。
 3台の警察車両は、悪魔の口腔の真下に達するや、今度は、猛烈な勢いで上昇を始めた。その風圧と巻き上がる風が、すでに地底まで20標準メートルのところまで下降していたダイアンを、振り子のように激しく揺らした。次の瞬間、あっという間もなく、ダイアンのぶら下がるワイヤーが、ダイアンの頭上5標準メートルほどの所でゴツゴツの岩と岩の間の狭い隙間に、まるで噛み付かれるようにして、ガッチリと嵌ってしまった。
 そのまま放っておくか、下降するワイヤーを止めていれば、挟まった部分の上にワイヤーが弛むだけで、何事も起きなかったろう。
 しかし、突然のことで、いきなり中空で下降の止まってしまったダイアンは、瞬間的にパニックに陥ってしまったのだろう、ウインチを逆回転――つまり、上昇させるボタンを押してしまった。しかも、そのことの意味するものを、本人は、手遅れになるまで、全く気付かなかった。
 「止めろ!ウインチを止めるんだ!」
 わたし達の叫びも空しく、胸の悪くなるような金属音とともに、ワイヤーは、岩に挟まった部分のすぐ上で、弾けるように切断した。もしかしたら、その部分には、特別に鋭利な鉱石の露頭があったのかも知れない。弾け飛んだワイヤーの上の部分が、周囲の大勢の下降中の人たちに当たらなかったのが、不思議なくらいだ。 
 下からも、ぶら下がるもののなくなったワイヤーが、虚しくスルスルと巻き上がっていくのが見える。
 後に残されたダイアンは、岩の隙間にくい込んだワイヤー一つで、かろうじて中空にぶら下がっていた。


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