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『天使の翼』第3章(1)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 物には、すべて起源があって、その起源の起源、起源の起源の起源……と、際限なく遡ることができうるのだろうか?……起源を存在理由と置き換えてもよい。もうこれ以上存在理由がなく、ただ物が恣意的に、理由無く忽然と姿を現す所があるとすれば、そこは、最も神のいる可能性の高い場所である。(地球連合政府時代の哲学者)

 それは、一種の整形手術だった。
 わたしの肩甲骨を土台にして、両の肩に、超小型の高性能モーターと超薄型の折りたたまれた翼を植え付けたのだ。外見的には、両肩の肌に小さな孔の跡のようなものが二つ出来ただけだ。――公式には禁止されているが、立体タトゥーあるいは三次元タトゥーと呼ばれているものに似ていると思えば分かり易い。――自分の体に、蠢くドラゴンの首や、酒の出る乳房を植え付けてしまう、あれである……
 実際こんな小さくて繊細なもので――開翼状態の差し渡しは3標準メートルもあるそうだが――空中に浮かび上がれるのかと不思議がるわたしに、執刀した宮廷の外科医は、実際の浮遊力は、内蔵された反磁場発生装置によって作り出されると説明してくれた……つまり、『天使の翼』とは言っても、現実のわたしは、人間エアカーとなったのである。
 だが、最も不思議だったのは――
 「天使の翼は、実際にあなたが使命を果たす場面になって、あなたが心から迸るような思いを抱いた時にしか開かない」
 ――と言われたことだ。
 ……そのような時に出るホルモンによって作動するのか、脳波の変化によって起動するのか、わたしには分からない。いずれにしても、天使の翼でテスト飛行という訳にはいかないのだ。
 わたしの不安をよそに、宮廷医は続けた。
 「問題は、まだ二つある。率直な所を訊きたいかね?」
 そう言って、スキンヘッドをなでてみせるのだ。――スキンヘッドといっても、この老人の場合は自然の理髪師のなせる業だろうが……皺くちゃの顔に埋め込まれた黒い目は、悪戯っぽい笑みを浮かべて、さながら宮廷道化師か御伽衆さながら――わたしが、この老医が本当に皇帝の御伽衆(個人的な相談役)だと知るのは、まだずっと先のことだ。
 「第一に、あんたの肩に植えつけた機械は、かなり古い」
 「古い?……」
 わたしは、鸚鵡返しに聞き返すのがやっとだった。
 「なにせ急なことだったでな。……それに、このことを知っとるのは、わしだけじゃ。わしが、自分ひとりで全部やらねばならんかった」
 「……」
 「どこで見つけたと思う?」
 そんなこと見当もつかない。
 「コスモス・カソリクスの大聖堂でか?――否!皇宮の地下宝物庫でか?――否!アケルナル帝国大学医学部の備品庫?――否!」
 「……」
 「わしは、前回のドーラ皇帝の時の記録を片っ端から調べなおした――するとどうだ、手術は、このコプリ島の離宮で行われているではないか。もしやと思って、この離宮の医務室をくまなく調べたよ――それこそ寝食を忘れて」
 「あったのですね」
 「あったとも。前回のときの予備のマシンだと思うが――」
 ここで老医は、片目を瞑って見せた――わたしは、これをウインクと解した。
 「2台あった」
 わたしは、つられて唾を飲み込んでいた。
 「一応電気回路のテストだけはしといたから、安心なされよ」
 わたしは、全く安心ならなかった――もしかして、1000年近く前のマシンじゃない。そんなレトロなマシンでは、錆が原因で、わたしの肩が化膿したりはしないかしら……
 「第二の問題は……これは、まあ、もっと安心できるな」
 「……」
 「わしは、医者の守秘義務に関しては、きわめて厳格に解しておる。今回の手術のことは、絶対に誰にも口外しないから、安心なされよ」
 わたしは、ただただ頷く他なかった――皇帝がこの老医に頼んだのだから、信ずる他はない……
 ところが、このおちゃめな老医は、最後の最後までわたしの心を乱し続けた。
 「私の名はシーザリオン。メンテナンスのご用命には標準時で二十四時間応じます」
 一礼して手術室の扉口まで行くと、振り返り――
 「デイテ殿」
 「はい?」
 「この先何が起こるか分からん。わしが敵の手に身柄を押さえられることだってありうる。……どうか、わしが拷問に耐えかねて、あんたの名前を吐いてしまう前に、任務を完了してくれたまえ」
 「……」


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