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『天使の翼』第7章(8)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 わたし達は、これから先、実際にどうやって公爵に近付くのか、具体的なことは何も決めてなかった――もしかしたら、今日、公爵、つまり大司教によるミサが執り行われるかも知れない……わたしは、シャルルにうながされて、二人してナルテックスへと続く階段を上った。
 早朝のことで、まだ人気の少ない広場を我が物顔に闊歩していたこの星の鳥のような生き物――進化の系統樹は、星によって全く異なるので意味はないけれど、まあ鳩、といってよい生き物――が、ばたばたと羽音を残してドームの上の空へと舞い上がっていった。
 その時わたしの心を占めていたのは、しかし、比較進化学でも生物形態学の難解な細胞分析でもない――シャルルが、連絡船の個室でわたしの髪をカットしてくれた、その時の彼の繊細な指使い、首筋に感じた彼の吐息……彼は、カットが終わると、髪を洗ってくれた……
 (いけない!)
 わたしは、そのいつまでも心に残る、官能的なひと時の、心をとろかすような思いを、急いで心の襞の下に隠した。
 (――今一番大切なことは、大司教に接近する方法を考えること……)
 「君は、声を変えられるかい?」
 唐突な質問に、わたしの思考が、まるで目覚ましを聞いたように覚醒した。
 「その、つまり、裏声とか?」
 わたしは、質問の意味が分からず、立ち止まってシャルルの顔を見詰めた。

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