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『天使の翼』第3章(6)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 翌日、午前中のかなり遅い時間まで眠り惚けたわたしは、幸いなことに、重苦しい気分からは解き放たれて目覚めることができた。
 コーヒーで軽い朝食をとり、たった一日の休息のための買い出しに出る。
 久しぶりに飛ばしたABC社(エア・バイク・コーポレーション)のエアバイクは、わたしの爽快感を増幅して、「このまますべてを投げ出して、どこか誰も知らないところへ行ってしまえ」と、悪魔のささやきを仕掛けてくる……わたしは、どうにか思いとどまって、そそくさと家にとって返し、最初に計画していた通りの、読書三昧の時を過ごした。
 読書好きの人間なら誰でも知っていることだが、読書は、時を消化する。食後の睡魔に襲われたり、ふと五年前に亡くなった祖母との二人暮らしのころに思いを馳せたりしながらも、わたしは、古代のページターナーの言葉の魔力の虜となっていた。――ベランダから吹き込んだ一陣の冷たい風に魔法を解かれたとき、すでにアケルナルは昼の勤めを終えて、水平線に没しつつあった。
 わたしは、ページの折り目を確認した。
 「思ったより先に進んだわね」
 わたしに話しかけられたと思ったアケルナル・キャットが鳴く。
 わたしは、心の中に再び芽生え出した緊張感を意識しない振りを装って、あすの旅立ちの準備――わたしにとっては手慣れた作業を済ませた。自分の心という、最も身近な隣人との長年の付き合いから、わたしには分かっていた――
 (すぐに寝よう……)
 ……そうしないと、眠れなくなってしまうから……幸い猫の柔らかくてすべすべの毛並みが、最良の睡眠薬となって……
  

  人は、誰しも、ふと気付くことがある
  心の中を吹き抜けていく冷たい風に
  風は、いつまでも、いつまでも、
   途切れることなく吹き続けている……
  心の中が、空っぽだからだ
  人は、冷たくて、寒くて、寂しくて
  このままでは凍ってしまうと恐ろしくなる
  そんな時、人は気付くのだ
  心の中に灯った、霧の向うにまたたく
   古代の灯台のような灯火に
  その灯火があるから……
  人の心は、どんなに寂しくても
  絶対零度にはならない
  その灯火には、
  あの人の顔が揺らいでいる…… 


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