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『天使の翼』第4章(9)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 彼は、手振りで、窓際の応接セットを示した。わたしは、この時点でもう合格したようだ……
 老人は、大儀そうに腰を下ろすと――
 「まったく、馬鹿な小娘だ」
 わたしと全く同じ感想を述べるのだ。
 「――人は、皆それぞれ人なのだ、という当たり前のことが分かっとらん」
 (同感)
 「だいたい、わしが、あの小娘をうちのホテルに出演させるのに、いくら払ったと思う」
 「……」
 老人は、声には出さず、愛嬌たっぷりに口だけぱくぱくさせて、金額を言って見せた。だいたいわたしの予想通りだったが、もしかしたらもう一ケタ大きな金額だったかも知れない……
 「わしとしたことが、名前に目が眩んで、大枚をドブに捨ててしまったようだな……大概の客は喜ぶだろうが、わしは、本物を見る目のある客に、顔向けがならん」
 一瞬にして、わたしを信用してくれ、ユーモアたっぷりに本音を語る老人――わたしは、たちまち彼が好きになった。
 老人は、ひたとわたしを見据えて――
 「ひとつ、あんたに賭けるとしよう。今日という日に、あんたがわしのホテルに姿を現してくれたのは、神の思し召しじゃて」
 わたしは、とっておきの笑顔で頷いて見せた。
 「お嬢さん、今までにどんな所で歌ったことがあるのかね」
 「場末のパブから、陛下の御前まで――」
 わたしは、毅然として答えた。本来なら、皇帝の前で歌ったことなど言いはしない。誰も信用しないからだ。でも、この老人には……
 老人は、目を細めていた。わたしの言葉が真実だと、分かってくれたのだ。
 老人は、感極まったように突如立ち上がると、両手を打ち鳴らした。わたしに、満面の笑みを浮かべて見せると、人さし指を振り振り、デスクのインターコムに向かった――
 「今すぐ東側のぺントハウスを開けろ――かまわん――最上階はクリプトンの貸し切りだと?――そんな契約糞食らえ!……畜生、契約かー……待て待て、その方がかえっていいかも知れん」
 ここで老人は、わたしの方に悪戯っぽい笑みを見せた。
 「クリプトンに隠し玉の存在がばれては面白くない、ハハハハハ」
 老人は、インターコムを切った。
 「あんたには、なるべくいい部屋を用意しよう」
 「どうぞお構いなく」
 「――そして、あんたの出番は、クリプトンのすぐ『後』だ!」

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