『天使の翼』第4章(8)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~
――ここでなら出演を断られる心配はない。そして、わたしは、自分のすべてに自信がある――決して過信ではなく……わたしの歌にも、そしてわたしの容姿にも――わたしは、もうすぐ三十になろうという頃に一つの真実を悟っていた――男性の心は、決して厚化粧の整った顔のメイクには揺り動かされない。そうじゃないのだ。素朴な薄化粧で十分なのだ――彼女が生き生きと無心に輝いていさえすれば……
わたしは、エアタクシーを降りた所にそのまま突っ立って、思わせぶりに、海からの風に長いブルネットの髪をなびかせた……
行きかう人々の視線が、わたしに集まる。
たちまち、ベルボーイが一人飛んできた。
肩の房飾りが重そうなので、チーフと見た。
「お客様――」
彼の態度は、丁重極まりない。
「お客様さえよろしければ、お話が――」
彼は、「分かるでしょ」と言いたげに、わたしの視線を捉えた。
「いいわよ」
彼は、ほっとため息をついた。
「こちらへ」
わたしは、彼の後について、プライベートと記されたドアを通って、ホテルの裏方へと足を踏み入れた。
ここからは実力の世界だ。いくらわたしが皇帝の前で歌ったことのある吟遊詩人だといっても、そのことは、記録に残ってないし、宣伝しているわけでもない。このホテルの興行担当役員は、そういった外部情報なしに、わたしという人間を見定めなくてはならないのだ。
通された役員室は、なんと海に面した、それも、かなりの上層階だった……役員といえども、ホテルの従業員には変わりないのだから、その部屋が、お客を押しのけてこんないい所にある、というのはすごい……
彼は、白髪で、口ひげを蓄えた、恰幅のいい老人だった。わたしが部屋に通されても、顔を上げるでもなく、デスクの前に立って、覆いかぶさるように散らかった書類を検分している。ぶつぶつと、何かひとりごちていた。
「総支配人……」
遠慮がちなチーフ・ベルボーイの呼びかけに、わたしは驚いた――総支配人直々の面接とは、余程困っているのか……
総支配人は、それでも書類から目を上げることなく、手振りでチーフ・ベルボーイを追い払った。
吟遊詩人を確保しろという指示に忠実に従ったに違いないベルボーイ氏は、しょげ返って部屋を出て行った。
待つことには慣れているわたしも、咳払いの一つもしたくなった頃、ようやく老人が顔を上げた。
「すまん、すまん、わしは、見かけよりずっと歳をとっておってな、最近、同時に二つ三つの事を処理するということができんのだよ――その、頭が回らん……」
そう言って、わたしを見た目は、しかし、鋭かった――わたしは、一瞬、皇帝の眼を思い出した。
わたしは、老人の顔に、さっと喜びの表情が浮かぶのを見逃さなかった――そう、自分で言うのもなんだが、喜びの表情としか言いようがない……
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