『天使の翼』第4章(13)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~
聞き間違いようのない声――バージニア・クリプトン!
彼女が、今、愛想笑いを浮かべた総支配人と、お付きの連中を引き連れて、わたしの背後を横切ろうとしていた――大方、楽屋で休憩の後、これから貴賓席、ロイヤルボックスで豪華な夕餉でも取るのだろう――
その時、クリプトンがわたしの存在に気付き、わたし達は、初めて視線を交わした。
クリプトンは、瞬時に、わたしが出番を待つ吟遊詩人と察したろう――彼女の顔に、えっ、という表情が浮かんだ。――女性は、同性の外見に敏感だ――わたしのことを、なかなかの美人(?)と認めてくれたのだと思う。そして、自分の後に歌う、わたしという歌い手の力量を見定めようとでもするように、彼女の視線は険しくなった……
わたしは、とりあえず、笑みを浮かべてみせた。
クリプトンは、ぷいっとそっぽを向いて行ってしまった。
すれ違いざま、総支配人が、ウインクを送ってよこした……
マネージャーから合図のあったのは、その数分後――おそらくクリプトン一行の着席を待って――のことだった。
わたしは、一つ大きく深呼吸して、緞帳の陰から足を踏み出した。
……誰も気付かない――
わたしは、花道を足早に歩いていったが、ちらちらとわたしの方を振り返る視線こそあるものの、観客から全く無視された。ギターを肩にしているのだから、吟遊詩人だと分かるだろうに、いずれにしても、わたしに対する期待値は、ゼロだ。
――わたしは、こういう状況には慣れていたので、変に注目されるよりも、むしろありがたい位だ――そして、この観客を皆わたしの方へ振り向かせて見せようという熱い思いが込み上げてくる。……世評などというものを理解しない純真な子供たち、そして、真に歌好きな大人たちの視線は、すでにわたしの上に注がれている……
わたしは、つかつかとステージに上がると、中央にぽつんと置かれた背のない椅子にさっさと腰を下ろした。
ギターを構えて、小さく音を出してみる――うっとりするような音色、弦を強める必要も、弱める必要もない。
わたしは、そのまま、顔にやさしい笑みを浮かべて――歌う前に自然と浮かぶ笑みで、作りものではない――観客から何らかの反応の起きるのを待った。
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