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『天使の翼』第4章(18)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 わたしは、何と言ってよいか分からなかった。――よくある話といえば、それまでだが……
 クリプトンは、ゆっくりとわたしの方を振り返った。
 そして、わたしの方へまっすぐ視線を向けてきた。その目は、潤んで、光をたたえている……
 「バージニア・クリプトンという存在は、作られた虚像、イメージなの。わたし自身の自然な姿とは、懸け離れている――そのイメージは、あまりに強すぎて、外から、わたしの心を締め付けてくる……わたしの本当の姿、本当の心は、気付いた時には、身動きが取れなくなっていたわ……わたし自身、最初は、クリプトンという存在がかっこよくて、自分から進んでクリプトンを演じていた――どんどん、どんどん、外見や言動がエスカレートしていった……回りも、そう。皆でわたしのことをちやほやして、わたしは、すっかり勘違いして、生意気な嫌な女の子になっていた……何をやっても、何を言っても許されるような……馬鹿みたい……さすがに、自分の言った暴言に愕然とすることはあっても、本当に反省することはなかった――何故なのかは、今では分かる――自分にとって、自分の歌にとって、本当に大切なものを見失っていたから……そのことを、心の奥底では分かっていたから、ときどき吐き気がするほど息が苦しくなったり、何もかも虚しく感じられたりしたのね……」
 ……わたしは、人と人との関係において、今が、心の内をさらけ出す、とても大切な瞬間であることを感じて、クリプトンの言葉に聞き入った…… 
 「何でも欲しいものが手に入るというのは、恐ろしいことだわ。本当に怖い……。時間をかけて、どうにもならない壁と闘いながら、何とか目的にたどり着こうとする努力……そして、それだけの価値のある本当に大切なもの……それが見えなくなってしまうのよ……人間て本当に弱い。いろんなものが楽に手に入ると、どうしてもそっちの方へ行ってしまう……」
 わたしは、同意の印に、肩をすくめて見せた――言葉は出なかった……
 クリプトンは、と言うと、唇をぎゅっと噛んで、下を俯いている。いろいろな思いが心を駆け巡っているに違いなかった。
 ようやく顔をあげた彼女は、何かが吹っ切れたように、顔の表情から険しさが消えていた。
 「わたし、音楽のことで嘘はつきたくない。――いえ、嘘はつけない。……わたし、こう見えても、歌を愛しているのよ。誰にも負けない位……」
 「……」
 「今夜のあなたの歌、すばらしかった――本当にすてきだった。――最初にあなたのギターの音色を聞いた瞬間に分かった――わたしの心をぐいぐいと引き込んでいく、あなたの音楽の力が……ショックだった。そして、気付いた時には、わたしの全身が、赤ちゃんになって揺り篭で揺られているみたいに、あなたの音楽に包まれていた」
 ここで、クリプトンは、肩をすくめてみせた。
 「それでも、わたしは、見栄っ張りだから、あなたの歌にこれっぽっちも心を動かされていない振りをするのに苦労したわ」
 わたし達は、ここで初めて、軽く笑みを交わし合った。
 ほっとしたのか、クリプトン……いや、バージニアの瞳が、涙の粒で一杯になった。
 「今日は、わたしにとって、とても大切な日。――とてもとても大切な日です……あなたが教えてくれたから、デイテ。わたしの忘れていたものを――歌の素晴らしさを……」
 バージニアは、頬を涙でぬらしながら、すがるように、わたしの方へ両腕を差し出してきた。
 自分の弱さをすべてさらけ出して、わたしに、わたしにだけ心の内をありのまま語りに来たクリプトン――バージニア……
 わたしは、自分の涙腺が突然ゆるむのを感じた。
 バージニアがいとおしかった。
 わたしは、彼女に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
 バージニアは、わたしにしがみつき、わたしの胸に顔をうずめて、いつまでも、いつまでも、泣き続けた。

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