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『天使の翼』第7章(17)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 シャルルは、面食らいながらも、嬉しそうにわたしの腕の中でもぞもぞした。
 「デイテ、やめてよ、分かったから――息ができないじゃ……ねえ!好きだ!愛してる!」
 その言葉を聞いて、もう一度優しく長めのキスをしてあげてから、彼を解放した。わたしは、久しぶりに満面の笑みを浮かべていたと思う。
 「こら、引っ掛けたな!」
 別に彼の口から『愛している』という言葉を引っ張り出そうとした訳ではなかったけれど、わたしは、追ってくるシャルルをかわして、身を翻した。黒いコートが冷たい風にふくらんで、ブーツのヒールが、乾いた石畳をかつかつ叩いた。――一瞬、両親のことや、両肩に埋め込まれた『天使の翼』のことが頭を横切ったけれど、どんなに大きな問題を抱えているときでも、日常のたわいない心の息遣いには、大切に耳を傾けようと思った……
 ジェーンの簡にして要を得た言葉通りに道を辿ったわたし達は、難なくそのカフェを見付けることができた。裏路地の民家に挟まれた店は、あまり繁盛している感じはしなかったが、常連客には愛されている、と、そんな風情だ。
 コーヒー――それが他星系から輸入されたものか、この星に移入され栽培されたものかは、分からない。この星の地理学に関するわたし達の知識は、望遠鏡レベルであって、顕微鏡と言うには程遠い――を頼んで、ジェーンを待つ間に、人目を気にしなくて良いボックス席――古風で家族的な雰囲気のお店だったが、ちゃんと遮音装置付きだった――で、さりげなく政府高官用携帯端末を開いたシャルルが、にわかに緊張した面持ちでわたしの方を見た。
 「デイテ――」
 「?……」
 「覚悟を決めた方が良さそうだ」
 わたしは、急にのどの渇きを覚えた。
 「アクィレイアに旅立つ前に本庁に送ってあった、レプゴウ男爵家の吟遊詩人招待リストの分析結果が届いた――」
 「……」

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