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スタートアップ投資の関連契約についてのメモ


この記事は?

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)等も参照にしつつ、スタートアップ投資の関連契約について考えたことを書き記すもの。

本記事は一定の知識を前提としており(ややマニアックともいえます)、スタートアップ投資の関連契約の全体像は、以下の記事の方が把握しやすいと思いますので、リンクしておきます。


「投資契約等の構成」について~財産分配契約を切り出すことは合理的か~

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、①投資契約、②株主間契約、③財産分配契約の3種類の契約から構成されることを標準とされている。

気になるのは、②と③を分けるのがいいかという点である。

たしかに、エンジェルや従業員株主などの存在を前提にすると、②と③を切り分ける(株主全員を拘束する必要があるM&AによるExit部分(ドラッグアロング、みなし清算条項)のみを切り出す)合理性もあるのであろう。

しかし、②と③を分けたら分けたで、
・普通株主による株式譲渡については先買権・共同売却権の対象から外れるが、問題ないか
・株主間契約書に定める株式買取請求権を一部の株主のみが持つことになるが、問題ないか
などは気になるところである(前者に関しては、株式の譲渡承認を事前承認事項に含めることで統制を利かせに行くことはありえようが)。

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、「エンジェルや従業員株主といった属性の株主は、株主間契約に基づく経営関与を求めていない場合がある。そのような株主までも含めて株主間契約を締結することは発行会社にとっては事務負担が生じてしまい、かえって望ましくない場合がある。」とされている。
これ自体はそのとおりであろうが、株主間契約書において、株主の属性に応じたグループ分けをして、権利を付与するか否かを設計すれば足りるのではないかとは思う。

電子契約も普及し、契約締結事務の煩雑さも従来よりは解消されているところではあるので、原則として、株主間契約に統合する方がベターであるように思うが、どうであろうか。

株式の買取請求権の義務負担者からの創業株主の除外について

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、「買取請求の対象は発行会社に限定し、創業株主等の個人を除いていくことが望ましい。」とされており、従前の実務を考えると、かなり踏み込んだ記述がされており、大きな前進といえよう。
その理由として、グローバル標準との整合性や、融資に関する「経営者保証に関するガイドライン」の浸透・定着等も挙げられているが、起業や企業経営へのインセンティブを阻害しないことが本質的な理由であろう。

ただし、これによりスタートアップ側の規律が緩み、経営株主による私的資金流用等のモラルハザードが誘発されることは、絶対にあってはならない。

「改訂の趣旨」の中でも、
・「ベンチャー企業においても法的リテラシーの向上や法令遵守を含めたガバナンス体制の強化が求められること、創業株主等による会社資金の私的流用や詐欺行為等は、法令一般における責任を負う可能性があることを十分に留意されたい。」
・「発行会社からの買戻しを確保するための減資プロセスへの経営者の協力義務や、経営株主が会社に損害を与えたことが明確な場合の株主代表訴訟プロセス、法人格否認の法理の適用の考え方など、実務上の整理を今後進めていく必要があることも付記する。」
と明記されているが、スタートアップ側もこれらのことを十分に理解する必要がある。

上場できない/しない場合の株式買取請求について

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、上場できない/しない場合の株式買取請求に関しても記載がある。

株式買取事由に「一定期間内にIPO ができない場合」を定めることは避けるべき旨が明記されており、実務上もこれに沿って投資関連契約が作成されることが肝要である。

他方、「十分に IPO を出来る状態にあるにもかかわらずIPO を行おうとしない場合」については、投資家が買取請求を行うことにも合理性があるとされている。
スタートアップ側としても、将来のExitを前提に投資を受けながら、投資家のExitに協力しないことは背理であるとは思うので、スタートアップ側がExitしない方針に切り替えるのであれば、投資家の株式を買い取り、関係性を整理するのが筋であろう。

ただし、株式買取請求権は投資家ごとに与えられた権利である(資本多数決に服さない)ため、濫用の危険については意識しておく必要がある。
IPOのタイミングは重要な経営上の決定事項であり、株主間契約上も、多数投資家の承認事項とすることも多い。
一方、ファンドの償還期限等の関係で、上場時期については個別の利害関係もからむ(株主間にコンフリクトがある)。
その結果、市場環境や成長ストーリーなどを踏まえ、スタートアップと多数投資家との間では「さらに潜ってより大きく成長してからIPOを目指す」方針が合意されたとしても、上場を急がせたい投資家が株式買取請求権を行使して、スタートアップに上場を迫るということも理論上は可能となるのではないか。
そのため、多数投資家の承認を得ている場合は株式買取事由にあたらないことを明記しておくことが適切であるように思う。

投資家が株式譲渡を予定している場合の共同売却権(タグアロング)について

共同売却権については、経営株主の株式譲渡を対象とすることは異論がないが、投資家が株式を譲渡する場合まで対象とすべきかは悩ましい。

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、
・創業株式が保有している株式に限定される場合もあれば、投資家が保有している株式を含める場合もある。
・投資家間において売却の機会を公平に与えるという機能があるが、投資家の運用するファンド期限を理由とした売却が共同売却権により阻害されてしまう等、他の投資家のExit を制約してしまうことがあることに留意する必要がある。
・投資家間の共同売却権においては投資家の運用するファンド期限を理由とした売却を除外する等を規定する場合もある。
旨が記述されている。

基本的には投資家間の利害調整の問題であるし(そのため、スタートアップとリード投資家が行う投資条件の交渉上もアジェンダとなりにくい)、個別案件ごとに調整する必要性も乏しいように思う。
そのため、投資家サイドで、何らかの形で実務上のスタンダードが示されるとスムーズであるようには思う。

SOプールについて

SOプールの割合

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、SOプールに関する定めを置くことは前提としつつも、具体的な割合については特に示していない。

従来、実務上は10%が相場とされている認識であるが、特に複雑で難易度の高いチャレンジに取り組むスタートアップだと、10%では枠として十分でない可能性も十分ある。

そのため、投資条件の交渉上、VCから10%を提案されても、スタートアップとしては、積極的に引上げを交渉すべきポイントとなる(交渉の結果、10%以上のオプションプールが合意されることも実務上少なくない)という認識であった。

この点、直近では、シードVCを中心に、オプションプールを発行済株式総数の20%に設定する動きもみられ、注目される。
スタートアップとしても、理想的には、中長期の方針に基づき未来の組織図を描きながら、SOプールについて相応の枠の確保が必要であることを説得的に説明できることが望ましいであろう。

SOプールの定め方(文言)

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、SOプールの定め方に関し、「発行済株式総数の●%に相当するストックオプションを除く。」という文言が定められている。

投資家の視点では、役職員に普通株式を発行した場合や、ダウンラウンドの場合でも付与可能な個数が拡大するのかという意見もあろうが、基本的には上記のような定め方が実務上定着している認識である。

なお、発行済株式総数にSOの目的である株式を加える趣旨の文言もみたことがあるが、この形だと、SOを付与するとオプションプールの個数も増える設計となってしまう。
投資家視点では、稀薄化の上限を画するという趣旨に照らして受入れが難しいように思うし、計算の煩雑さや、株式と異なりSOは放棄される可能性もあることを考えても、難しさがあるように感じた。

上場前のSO行使の可能性?

令和6年度税制にストックオプション税制の拡充が入り(関係資料)、その中で、株式の保管委託要件が撤廃されることで、今後、上場前のSO行使が増える可能性がある。

これは非常に大きな前進であり、IPOまで在籍していないとSOのメリットを享受できない設計となっている場合も少なくない現状を変える可能性も秘めている。
スタートアップの設立からIPOまでは相応の時間もかかるし、フェーズごとに活躍する人材も異なる。例えば、役職員がスタートアップを辞める際に、ベストした範囲のSOを行使するという実務が増えれば、スタートアップエコシステムの活性化においても望ましい面がある(※)。

上場前のSO行使が実務上定着するならば、SOプールに関する文言をドラフトする際も、単純に「発行済株式総数の●%」と定めるのではなく、SO行使により発行された株式(及び新株予約権の減少)の取扱いを明確化することが必要となるのではないか。

※現行制度上も、新株予約権の行使条件やSO割当契約の定め方次第では、未上場でのSO行使は認めないとしつつ、役職員がスタートアップを辞めた後もSOを継続保有し、IPO後に行使できる設計とするなどの方法で、上場前に辞めるメンバーに報いることは可能である。
上場前のSO行使については、発行会社からすると、株主が増えて株主管理のコストが高まったり、役職員にとっても、スタートアップがIPOしない場合には行使価額の「払い損」となるといった指摘は可能である。
どこまで普及するかは、上場前のSO行使を認めることの被付与者にとっての「わかりやすさ」(どの程度ハイアリングやリテンションに効くか)や、非上場株式のセカンダリーマーケットの立ち上がり方などにも影響を受けるのではないか。

参加型と非参加型

少し前に、非参加型でシリーズAの資金調達を行った事例(スマートラウンド社の事例)が注目されたが、「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)でも、参加型と非参加型について言及がある。

M&AによるExitの場合、参加型か非参加型かでリターンの「分配」に大きく影響する。
そのため、参加型については、M&Aにおける株主間のコンフリクトが先鋭化しやすいし、優先株主からすると、条件次第では、IPOよりM&Aを希望することにもなりかねず、Exit方針に関し、スタートアップや他の株主とのコンフリクトが生じうる。

2023年の年末は、「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」における上場基準の引上げに関する議論に注目が集まったが(※)、この動きもスタートアップのM&Aの増加を後押しする可能性がある。

今後、スタートアップとVCとの間で、参加型と非参加型のいずれを選択するかについて建設的に対話する事例も増えてくるのではないか。

※小規模上場とその後の成長停滞に対して厳しい見方がされていることは理解しつつも、新規上場基準の引上げによりExitのハードルが高まることで、起業意欲の低下につながったり、スタートアップに対する資金供給にネガティブな影響を及ぼす可能性も否定できず、難しい論点ではある。また、小規模上場後に事業を拡大しているスタートアップも存在し、小規模上場が一概に悪いともいえない。
あわせて上場維持基準の引上げも議論されており、成長停滞企業の新陳代謝を高めるという観点からはこちらの方が直接的であるようには思うが、それはそれで、上場廃止となった場合の投資家保護をどう考えるかなどの論点はあり、やはり一筋縄ではいかないということであろう。

取締役指名権~忠実義務、利益相反構造をどう考えるか~

リード投資家が取締役指名権を持ち、取締役を派遣する実務は定着しているが、「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、「自身が所属する組織の利益と発行会社の利益が衝突する事案においても発行会社の利益を意識した行動を求められることについても留意する必要がある。」と明記されている。

上記のとおり、M&Aに関しては、所属VC(優先株主)と発行会社、他の株主との利益相反が生じかねないので、難しい立場となりかねない。

上場企業のBoard3.0の議論などでは、ファンド派遣取締役と一般株主の利益相反が指摘されているし、米国では、未上場スタートアップのM&Aに関連して、VC派遣取締役の信認義務違反が認められた事例もある(Trados事件)。

スタートアップM&Aの増加に伴い、VC派遣取締役の立場の難しさにも焦点が当たり、取締役指名の実務にも影響を及ぼすかもしれない。

オブザーバー派遣~取締役会機能の強化との関係性~

「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)では、オブザーバー派遣に関し、以下の記載がある。
・取締役指名権やオブザーベーション・ライトは、事前承認と同様、投資契約により各投資家に対して設定することは可能であるが、各投資家に設定してしまうと、取締役会の参加者が多数となり、意見交換が行いづらく取締役会が形骸化する弊害が生じてしま うおそれがある。
・投資家は、一定以上の株式を保有する投資家の判断に委ねる等の配慮が必要である。
・投資家が増えた場合や発行会社の役員が増加した場合には、別途、オブザーバーを派遣することに代えて株主報告会の開催義務を設定する等により、柔軟な対応を行うことが発行会社と投資家双方においても望ましい。

取締役会の機能強化は上場企業のコーポレートガバナンスにおける重要アジェンダであり、特にIPOを目指すスタートアップは、非上場のうちから意識することが望ましいであろう。
執行と監督の分離を意識し、取締役会を中長期の経営方針を議論する場とする意識を高めることで、上場しているか否かに関わらず、スタートアップの企業価値向上に取締役会を有効活用していく余地はまだまだ十分にあるのではないか。

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