コーヒー焙煎のデータ化

今年の夏はたくさん旅をした。帰国中の拠点は大阪で、そこから北は仙台から東京、名古屋、そして南は広島、大分である(細かくいうと他の都道府県も寄ったが割愛)。その中でも仙台を訪れた理由は、土地というよりは行ってみたいお店があった。

小松島にあるネルソンコーヒーロースターという焙煎所である。

もともとネルソンさんを知ったのは、去年SNSを使っていたときのこと。私自身コーヒー好きということもあって一度は注文してみたいなと思いつつ、何せ普段ハンガリーに住んでいるので次回帰国を待たねばならないと思っていた。

というようなことをSNSに投稿したら、早速海外発送の手続きや値段などを調べて、海外からでも注文できるようにオンラインショップを変更してくれたのである。せっかく私のために始めてくださったことなので注文することにした。以来豆を買う時はネルソンさんか、前に住んでいた家のお隣さんのやってるカフェの豆を買っている。

8月の上旬のまだ暑い時期に、同じくネルソンさんのことをよく知るネットの友人と共に、東京から車を借りて仙台へ向かう。仙台では二泊する予定だったが、諸々の事情で一泊だけになった。特に何の観光もせずにネルソンさんのお店を訪ねる。今日書きたいのは、その中でも経験させてもらった焙煎のことである。

焙煎をするつもりでお店を伺ったわけではないのだが、ネルソンさんの「焙煎やってみたらどうですか」というあまりに唐突な提案をありがたく受けて、浅煎りのフルッタメルカドンと深煎りのマンデリンの焙煎をさせてもらうことになった。

喫茶店好きなので、特に自家焙煎とか海外だとArtisan coffeeと書いてあるとなんとなく良い感じがして、つい入ってしまう。しかし実際焙煎しているところを見たことがほとんどなく、なんだか未知の世界であった(京都のサーカスコーヒーで豆を詰めてもらっている間、横で焙煎してるのをチラ見したぐらい)。

あまり知らなかったのだが、ネルソンさんによると最近では焙煎の温度をグラフ化したものなんかを見せていたりして、なんだかコーヒー焙煎は職人芸というイメージに加えて最近はデータサイエンスの風味も足されているようだ。

しかしながら私が経験した焙煎は、こういう小難しい理屈みたいなのは一切なくて、焙煎機に豆を投入したら一気に温度を上げて、混ぜて、出したら一気に冷やすという、まぁそれだけでいうと誰でも覚えられそうなことであった。

コーヒー豆の焙煎を神業や職人芸のように思われている方が多いのですが、加工技術ですからどなたにも習得できます。

どなたにも習得できますと書いてあるがもちろん一朝一夕でできるようになるわけでなく、豆や焙煎機の状態など様々な環境要因を加味して焙煎の諸々のタイミングが決定されると思うのだが、おそらくネルソンさんが言いたいのは理論的には突き詰めるとシンプルということだろう。

世の中何でもかんでも現実世界をデータ化しようという試みがあると思うが、コーヒー焙煎のデータ化の目的は何かと考えたところ、私は下記の二つがあると(上記の記事から)読み取った。

1. いつでも同じ味を再現できる
2. 思い通りに味を作れる

基本的にデータは自分の焙煎所のみで使われ、より精度をあげた焙煎を目的としているのだろうが、蓄積されたデータが共有されるときっと焙煎のより精密な「レシピ」みたいなのが出来上がって、ゆくゆくは焙煎技術みたいなものもこうやってデータによって受け渡されていくのかなどと想像した。

しかしながら自分のやってる実験心理学でもそうだが、データ化するということはデータ化できないものはバッサリ切り落とされているのである。焙煎中の温度や外気温、豆の水分量などは割と簡単に数値化できるのかもしれないが、豆の弾ける音や匂い、隣で私の様子を見ているネルソンさんの視線の動きや姿勢などはデータに反映されない(とはいえ後者の情報が焙煎に必要なのかどうかもわからないし、理論的に数値化が不可能ではないのはわかっているけれど)。

なんともデータ化という響きは甘くセクシーで、多くの人にとっては意味がわからなくてもなんだかかっこよく見えてしまうようだ。私自身、実験心理学に興味を持ったのも、人間の心理に関しての様々な先行研究を見て「人間のこころもこうやって数値化できるんだ」と感動したからである。時に美しいデータの切り方は物事の本質を伝える。

データ化されるということは、どんどんある種の本質(平均的なものとか効率の良いもの)だけが残って、人間の五感を通したような曖昧な情報はノイズとなって消えていきそうだ。それでありがたく本質が見えてくることもあるだろうけど、なんだかそういうデータに残らないノイズにこそ本質があるような気もしてしまうのは私だけだろうか。

データ化の良し悪しは置いておくとして、ネルソンさんと話していた中でいただけないと思ったのは、最近の風潮としてデータ化自体をパフォーマンスにして売り物にすることである。焙煎の他にもカッピング(コーヒーの風味評定法)も教えてもらったのだが、どうもお金を稼ぐのが上手な人々はデータを使って逆に本質を隠して商売をしているようである。

私も凡人なのでしばしばかっこいい方法論に出会うとすぐに感化されてしまうのだが、常に表面的なことにとらわれず本質的にどう関わりのあることなのか、改めてちゃんと考えたいと思った。

ネルソンさん、貴重な焙煎体験させていただきありがとうございました。機会があればまたやってみたい。