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#6 兼業生活「どうしたら、自分のままでいられるか」〜辻山良雄さんのお話(4)

人生は、積み上げでできていく

室谷 ご著書に出てくる、開店前の事業計画に「Titleが特に力を入れるのは『生活』の本です。Titleでは生活を『人が<よりよく>生きていくこと』だと考えました」とあります。本は専門知識を得るものでもありますが、あえて主眼を「生活」に置いているところが、興味深いなと思いました。

辻山 今と言っていることが全く同じですね(笑)。それは、最初に室谷さんがおっしゃった問題意識と似ていると思います。人の幸せというのは「生活」の中にあって、それは結局、その人らしく生きて仕事をして、日々を送るということではないでしょうか。私は自分のお店を持っているので、ここで本を売りながら、人々の生活を豊かにすることに協力したい。そんな意識がずっとあります。

室谷 独立・開業から5年以上を経て、働くことに関して、何か気づきはありましたか。

辻山 今はこの仕事が、農業に近いなと思っています。毎日毎日ここに来て、本を入れ替えて、この場所で1日が終わっていく。お店という畑を耕している感覚があります。農家の方がずっと天気や畑の状態を気にしているように、私も昼夜お店について考え、文章にしたりもする。オン・オフがないので、必ずしも楽ではありません。でも、家にいる自分と、ここで仕事をしている自分が地続きであって、自分をつくろわなくていいので、無理がない。だから続けていられるのだと思います。

ですから同じ本を扱っていても、会社員時代とは感覚が全く違います。それがいいか悪いか、やりたいかやりたくないかは、その人の資質次第でしょう。

室谷 今回、辻山さんの過去のインタビューを読んでいて、印象に残る言葉がありました。「本が売れない時代に、どうして個人で本屋を始めたのか」という問いに対して、辻山さんが「全体の数字として本が売れなくなったということと、いまここで本を売るという個別の行為とは、まったく別の話」と答えていて、なんだかすごく励まされたんです。

以前、仕事で「暮らしを豊かにしよう」という提案に対して、ある方が「若者の貧困が問題になっている中で、お金も時間も余裕がない子たちにそんなことは言えない」とおっしゃったのを聞いて、本当にそうだなと悩んだことがありました。この企画だって、「仕事に就くのも大変なのに、それを充実させようなんて、贅沢な話」なのかもしれない。

辻山 それは、視線の向き方が違うんです。人が生きていくというのは、積み上げですから。毎日ここで本棚を整え、店を訪れた人に本を売る。その積み重ねとして、今日は20冊売れた。それが食べるための給料になり、店を続けるための糧にもなる。じゃあ、それが25冊になるようにどうすればいいか。そうやって積み上げて考えていくのが、こういう店なんです。それに対して、20冊の売り上げを見て、「前年比90%だから、このまま続くとこの店は将来性がないね」という人もいるかもしれない。でもそういう上からの目線とは、見ているものが全く違う。

会社にいると、上から俯瞰して組織や社会がどうなるかを考えがちですが、その視点では人間が不在になります。今、この場所から、できることを積み上げて足していくことで、自分本来の見方が取り戻せるということがあると思います。

先ほどの若者の話だって、忙しいとはいえ1日10分でいいから、自分の暮らしを豊かにするために時間を作ったら気持ちがいいかもしれない。そういうものを自分の中で積み上げていけば、結果としてものの見方が大きく変わってくるはずです。

室谷 1日10分、自分のために何かができたとしたら、そのことを一番よく知っているのは自分ですよね。

辻山 そうそう。だから、そういうものを少しでも人生に取り入れていくことによって、人が変わっていくということがあると思いますけどね。

室谷 今日は本当にありがとうございました。そろそろお店の開業準備があると思うので、これで終わります。

辻山さんが勧める「自分でいるための本」

ゲド戦記1 影との戦い』
アーシュラ・K.ル=グウィン(著)、清水真砂子(訳)

取材後記

正直、最初の取材はどんなモードで相手と向き合うべきかが定まりませんでした。「兼業生活ってどうすれば実現できるんでしょう?」と、わかりやすい答えを求める私に対して、辻山さんはご自身の経験を淡々と語り、それ以上のことはおっしゃらない。迷える旅人にニコニコしながら「まあまあ、道は見つかるよ」と諭す賢人、それが辻山さんだなと後になって思いました。(しかし、本当に進むべき道は見つかるのでしょうか……)

開店前のTitleは静かで少しよそよそしく、取材を終えた私は本を選びながら横目で辻山さんが棚を整えていくのを観察していました。沈黙していた棚は少しずつ生気を取り戻し、お店を出る頃にはいつもの穏やかに来る人を迎え入れる顔つきになった。こうやって、本屋さんの1日が始まるのか。同じように見えて、よく目を凝らすと、そこにはきっと毎日違う陰影や手触りがあるのでしょう。本の繊細な文体を読み込むように、辻山さんはその違いを読み取ることができる方なんだろうな。

(この回はこれで終わりです)

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudioによるものです

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